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2012年5月20日日曜日

ベトナムに「スペック・ホルダー」が?

        
 突然ですが過去、ロシアは国家プロジェクトとして「SPEC(特殊能力)」・・・所謂、「超能力」を研究していた経緯があります。アメリカも同様な研究をしていたようですが、ロシアの方が一歩先んじていた感はあります。

 で、その後の研究が現在どうなっているのか、一切表に出てこないので知る由も無いワケですが、ついポロリと口がスベる?こともあるようで・・・。


<転載>

ロシア 史上最強の兵器を開発
12.04.2012, 15:07


ロシアは光線兵器や波動兵器、遺伝子や心理兵器などに関して、欧米諸国と競争することができる。というのも、そのような武器の開発はいかなる国際条約によっても禁止されていないからだ。

これは12日、「ロシア新聞」が伝えたもの。これより先、アナトリー・セルジュコフ防衛相がウラジーミル・プーチン首相との会談のなかで、ロシアは「新しい物理的原則」に基づいた武器を開発する用意があると述べたことに対して、欧米の専門家からの批判があったことを背景としている。

「ロシア新聞」によれば、1980年代、ソビエト連邦の秘密研究所では、たとえば戦車を停止させたり、飲料水を飲めなくするための光線ジェネレーターなどが開発されていた。

ソビエト連邦のこの分野における成功は非常に目覚しいものがあり、もしもソ連崩壊がなければ、核兵器がなくても最強の国となり、米国が超大国であり続けることはなかっただろう。しかしソ連崩壊後、すべての開発はストップし、専門家は解雇されたほか、文書は捨てられたか、海外に渡るかした。それはちょうど90年代初めから、米国で光線兵器などの開発が活発になったことと重なっている。

「ロシア新聞」には、超心理学の専門家であるアレクセイ・サヴィン中将の第10003号秘密情報についても書かれており、普通の人間が超人になれる未来兵士のコンセプトがあったとされている。この情報はいまだに海外に流出していないとみられており、ロシアはこのような国際的制限のない兵器の開発を進めていくことができると「ロシア新聞」では結論付けられている。

</転載>


 要するにですなあ、「普通の人間をスペック・ホルダーにする」研究があったらしい・・・というワケです。


マジですかっ!?


・・・と、記事を読み思ったワケですが、ベトナムのスペック・ホルダー?の記事には、「右脳半球に異常な周波数が観測された」という一文があり、脳の機能という医学的、物理学的側面からの具体的なアプローチが可能になれば、あながち「スペック・ホルダー」の量産が「夢物語」に留まらない可能性もあるワケです。はい。


<転載>

発火を引き起こす少女、超能力が原因か?
2012/05/18 19:46 JST配信

 ホーチミン市タンビン区在住の少女トゥイちゃん(11歳)の周辺で最近、原因不明の発火事故が相次いでおり、超能力者ではないかと話題になっている。16日付VNエクスプレスが報じた。

 家族の証言によると、先月からトゥイちゃんの近くにある家具などが突然発火する現象が発生し始めたという。発火現象はコンセント、洗濯機、マットレス、タンスなどから始まり、今月12日には自宅3階が全焼した。自宅が火事になったため、トゥイちゃんを親族の家に預かってもらったところ、今度は親族の家で発火現象が起こったという。

 トゥイちゃんは、「普段は熱を感じないけど、疲れたときは体温が急に上がるのが分かる。そんなときは、どうしてか分からないけれど、周りのものが燃えてしまう。このままじゃ不安だから何かの病気なら治して欲しい」と訴えている。

 ホンバン大学傘下の地上生物学研究所の専門家がトゥイちゃんに無線周波数干渉(RFI)検査を行ったところ、右脳半球に異常な周波数が観測されたという。また、エネルギー科学研究所および物理学研究所の専門家らは、トゥイちゃんの検査を行っていないため、発火現象の原因についてコメントは出来ないが、家族からの依頼があれば、原因究明に協力すると表明した。

</転載>


 ま、阪神・・・もとい、半信半疑で・・・というか、「半信」している時点でちょっとアレかも知れませんが、ワタシが知る限り「スペック」を持った著名な日本人がふたりいらっしゃいます。

 ひとりは合気道の創始者であられる「植芝盛平翁」。そしてもうおひとかたは、フィリピンから戦後29年目にして生還した「小野田少尉」です。で、おふたりに共通する「スペック」とは、


銃弾の弾道が見える


という、「マトリックス」を地でゆくような「スペック」です。はい。

 おふたりとも「弾道が光って見える」と証言されているのですが、ウィキペディアにもその件について記されています。


<引用>

小野田寛郎

小野田 寛郎(おのだ ひろお、1922年(大正11年)3月19日 - )は、日本の陸軍軍人。階級は陸軍少尉で情報将校だった。陸軍中野学校二俣分校卒。太平洋戦争終結から29年目にしてフィリピンルバング島から帰還を果たす。

その他エピソード

戦時中に自身が体験した人間が持つ潜在的な能力にも触れている。本当に命を賭けなければいけないと必死になった瞬間、頭が数倍の大きさに膨らむ感覚と同時に悪寒に襲われ身震いし、直後、頭が元の大きさに戻ったと感じると、あたりが急に明るく鮮明に見えるようになったという。「夕闇が迫っているのに、まるで昼間のような明るさになりました。そして、遠くに見える木の葉の表面に浮かぶ1つ1つの脈まではっきり認識することができました。そうなると、はるか先にいる敵兵の動きも手に取るように分かります。それこそ、相手が射撃をする直前にサッと身をかわして銃弾を避けることさえできると思いました」 。命を賭ける場面が、命を賭けなくても大丈夫だという自信に変わった瞬間だったという。

また『月刊秘伝』2004年7月号でのインタビューでは「直進する物は物理的に見えるんですよ。(中略)真っ直ぐ自分のほうに伸びてくるんだから見えます。(中略)撃たれたときは、火を噴いている銃口から見えた。(中略)相手の突きを避けられるのだから避けられますよ。」と語っている。自身の著書である『小野田寛郎―わがルバン島の30年戦争』でも、銃弾は飛んでくるとき蒼白い閃光を放つから、それを避ければいいと語っている。

</引用>


 で、植芝盛平翁の場合は・・・


<引用>

植芝盛平

植芝 盛平(うえしば もりへい、1883年(明治16年)12月14日 - 1969年(昭和44年)4月26日)は、日本の武道家。合気道の創始者。合気道界では「開祖」(かいそ)と敬称される。

エピソード

鉄砲の弾をよける
1924年(大正13年)2月、出口王仁三郎と共に、宗教国家の建設を意図し満州・モンゴルに赴く。数々の死線を通じて銃弾を避けられるようになった。盛平自身の説明では「敵の銃弾より先に赤い光が飛んでくるので、それを避けると後から銃弾が飛んでくる」のだという。また剣を相手にしたとき、まず白いモノが振り下ろされ、それを避けると必ずそのあとに本物の剣が振り下ろされたという。

</引用>


・・・ということで、どうやらおふたりとも「死線」を何度もかいくぐることで脳機能が異常に活性化し、「弾道が光って見える」という能力を身に付けたかに見受けられます。

 盛平翁はとうの昔に他界されていますが、小野田少尉はまだご存命中で、ブラジルで農園を経営しておられるハズ。平和な世の中では「役に立たない」能力かも知れませんが、その能力をまだお持ちなのか?それともすっかり「退化」してしまったのか、興味がありますなあ・・・。



人間ナメんなよ!


でわっ!

2011年9月29日木曜日

時間概念と三脈の法

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 世の中には、まだまだ科学では説明できない現象がたくさんあるもので、そのひとつに「三脈の法」と呼ばれる護身法があるそうです。


快運倶楽部
三脈の法~命の危機を回避する未来予知法~


 簡単に言うと、頚動脈(左右2個所)と手首の動脈の3個所の脈を同時に取り、それらが一致していれば好し、もし不一致であれば「死脈」と呼ばれ、24時間以内に「命に関わる」事態に見舞われるという、何だかコワMい古の中国医術だそうです。


<引用>

三脈の取り方


1.右手首の動脈を探します。
2.首の頸動脈を探し当てます。

右手の親指と中指で頸動脈を押さえて脈を確認します。

3.3カ所の脈を確認します。

右手の親指と中指を頚動脈を押さえ、右手首の動脈を左手の親指で押えて脈をとります。
通常はこの3カ所の脈は一致しています。

もし一致していない場合は、24時間以内に命の危機に関わる事が起こるとされています。

※図では右手の脈ですが、左手の脈でもかまいません。
 また、他人の三脈を診ることもできます。

</引用>


 で、何故このような現象が現れるかというと、ワタシたちの潜在意識が未来を予知するからであり、霊感?が強い人であろうと、弱い人であろうと、潜在意思が脳に働きかけることで身体的なフィードバックとして、「三脈」に現れるらしいです。

 ま、「・・・らしいです」「・・・だそうです」と言うしかないのですが、非科学的な迷信だと一笑に伏すのもどうか?と、思ったりもするワケです。

 と云うのも以前、「コスモス」という、アメリカで製作された科学番組が日本でもTV放映されたのですが、その番組のホストであるカール・セーガン(天文学者)氏が、


時間軸は未来に伸びている。


という様な事を言っていたのが、ずっと心に残っているのです。つまり、ワタシたちの「実在」「現在」に在るのではなく、「常に、少し未来の中にある。」・・・と、子供ながらに理解した次第です。

 それが正しいのか誤解なのか、ワタシには確かめようが無いのですが、今回、「三脈の法」を知り、何となくそれが腑に落ちた次第です。はい。

 最近、CERNで光よりも速いニュートリノの存在が確認?され、すわっ!「タイムマシンが出来るかも?」・・・と、マスコミ各社は浮き足立っていますが、「タイムマシン」はさて置き、「時間」というものについて考えさせられました。

 ワタシたちは「未来」「現在」「過去」と時間を分けていますが、よくよく考えると・・・


「現在」なんて存在しないんじゃない?


・・・と。

 現在は存在しないというのも語弊が在るので、「現在」とは非常に薄い膜であると考える事も出来ます。



 図に示したように、ワタシたちの認識力は現象が起きてからしか認識できません。神経伝達に時間が掛かるので、脳が認識する現在とは、既に過去なワケです。この事は、走っているクルマの中から見る風景の様なものです。

 風景は前方からドンドン迫って来て、アッという間に後方へ流れていきます。その様な状態の中で、めまぐるしく流れる風景の「現在」を決めるのは、ほぼ不可能と言えます。

 同じようにワタシたちの肉体的な認識力(感覚)では、「現在」を正確に捉える事は不可能です。しかしながら、「脳」そのものに認識力があると仮定すれば、実時間の現在と、感覚時間の現在のズレ=δは、神経を経由しない分ずっと小さくなります。

 そこでですよ?感覚が検知する以前に脳が検知すれば、それを「脈」として体にフィードバックする可能性も考えられるワケです。無理矢理こじつければ・・・。

 ま、そんなワケで「三脈の法」ですが、誰に迷惑をかけるワケでもなければ、試してみてもイイんじゃないか?と思った次第です。これからの時代、自分の身を守るための引き出しは、ひとつでも多いに越したことはないでしょう?


でわっ!

2011年9月12日月曜日

最近、思ったこと・・・3

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 えっと・・・、心と体をそれぞれ独立した存在だと考えると、「体」はクルマで、「心」はドライバーとも言えます。蛇足ですが、「運転に人柄が表れる。」とか、「ハンドルを握ると人格が変わる。」とか言われますが、ワタシの経験からすると・・・まあ、大体当たってます。

 適切では無いかも知れませんが、植物人間という状態をこの例えに当てはめると、ドライバーが乗っていない、アイドリング状態で放置されたクルマ・・・の様な状態とも考えられます。

 心と体は、独立した存在である。・・・という自論に従えば、植物人間状態に在る人にはが存在しないのか?・・・正直、わかりません。

 は目で見たり、手で触れたり、検査装置を使って状態の確認が出来ますが、心は心と触れ合うことでしか確められないのです。ひょっとしたら、深い昏睡状態の中でも、周囲にいる人の声や、気配を受け取っているかも知れませんし・・・。

 大抵の人は自分の意識の管理下に体があると思っていますが、100%管理されているのでしょうか?試験前の一夜漬けで、徹夜で勉強しようと頑張っても睡魔に負けて爆睡してしまったり、先生に説教されている最中にオナラをしてしまったり、自分の意思とは無関係に体が反応するケースは多々あります。つまり・・・体は体で、勝手に生きている。のです。

 人には「死」を・・・「自殺」を選ぶ自由があります。しかし、そもそも死を選ぶのは心であり、ではありません。「体は体で、勝手に生きている。」・・・それは自然の摂理であり、「体」からすれば「自殺」なんぞは、心の無理心中の道連れにされる不条理でしかないでしょう。

 「フェラーリ」を持っている人が(ポルシェでもイイですが)人生に悲観し、愛車と共に崖下にダイブして自殺したとします。で、もしそれを第三者のクルマ愛好家・・・カーマニアが知ったとしたら、


勿体無い。


と思うに違いありません。廃車にするくらいなら自分に譲ってくれ。・・・と。

 同様に、ワタシくらいの棺桶に片足突っ込みかけた中年からすれば、若い身空で自殺を選び、「最新モデル」のクルマ(体)をワザワザ廃車にするなんて、出来ることなら乗り換えたいわ!・・・と思います。ホント。

 心と体でワンセットであるにしても、それでも心は心、体は体で独立した存在であると意識すれば、心配事で胃が痛くなったり、体調不良から精神が不安定になるといった症例も、いくらかは改善されるんじゃないですかね?

 脳の働きにも関連するでしょうから、完全に心と体を切り離すのは無理にしても、意識するだけでも随分違うんじゃないか?と。

 がどんなに落ち込んでいても、眠くなれば眠り、お腹が減れば何か食べたくなるものです。心=ドライバーと、体=クルマ二重の存在がワタシたちの実態であるならば、生きるという状態は、きっと心と体の共同作業であり、先に述べた植物人間と呼ばれる人であっても、は勝手に・・・


それでも、生きて行く


・・・という事実から、どんなに人生(現状)が辛かろううと、体という乗り物さえ手放さなければ心も生き続ける。・・・というのが、一回目からの流れの辿り着いた終着点になるワケです。

 心は形を持たないが故に、体が生き続ける限り何回でも再生と進化が可能なワケで、現在の環境がどんなに辛く苦しくても、心は必ず蘇る。・・・と言いたいワケです。

 地震、原発事故から既に半年(一年の半分)が過ぎようという今も、「フク1」の周辺や、「津波被害」に遭われた住民の方々は過酷な生活環境にあり、不透明な未来に悲観している方も多いかと。

 被災者でもないワタシが口を出すのは憚られるのですが、環境に心が負けてイイ理屈は無いのです。それは、体に心が負けるという事に他ならないのです。もし「なでしこJAPAN」が不遇な練習環境に負けていたら、ワールドカップ優勝など成し得なかったハズです。

 上手く言えませんが、苛酷な環境の下にあろうと、それでも生きて欲しいのです。生き続けさえすれば・・・体という乗り物さえ手放さなければ、心は必ず再生する。・・・と、ワタシは信じます。

 復興への道は遠く険しく、どのような形に収まるのかさえ未だ見えないにしても、


それでも、生きて行く。


 少なくとも大人にその気概が無くて、どうして次の世代が未来に展望を見出せるでしょうか?100の言葉よりも、生きる覚悟を。生きて・・・生きて・・・生き抜いて、心の復興を果たさなければ日本の復興も果たせない。・・・と、思う次第です。

 思えばワタシがベトナムに来た当初、通りに溢れるバイクがアリの群れの様に見えました。盲目の本能に突き動かされて生きるアリの群れの様だと。

 しかしそれは、日本は先進国だという単なる思い上がりに過ぎないのだと、ベトナム人と交わり暮らす生活の中でやがて気付きました。

 逆に、今の日本の現状の方こそ、生きるという事の「原点」を見失っているのではないか?と。・・・だからこそ、未だに原発推進などという「生命の原則」を無視した輩が、平気で蔓延っているのだと。


<転載>

エネルギー政策 展望なき「脱原発」と決別を(9月7日付・読売社説)

◆再稼働で電力不足の解消急げ◆

 電力をはじめとしたエネルギーの安定供給は、豊かな国民生活の維持に不可欠である。

 ところが、福島第一原子力発電所の事故に伴い定期検査で停止した原発の運転再開にメドが立たず、電力不足が長期化している。

 野田首相は、電力を「経済の血液」と位置づけ、安全が確認された原発を再稼働する方針を示している。唐突に「脱原発依存」を掲げた菅前首相とは一線を画す、現実的な対応は評価できる。

 首相は将来も原発を活用し続けるかどうか、考えを明らかにしていない。この際、前首相の安易な「脱原発」に決別すべきだ。

 ◆節電だけでは足りない◆

 東京電力と東北電力の管内で実施してきた15%の電力制限は、今週中にすべて解除される。

 企業や家庭の節電努力で夏の電力危機をひとまず乗り切ったが、先行きは綱渡りだ。

 全国54基の原発で動いているのは11基だ。再稼働できないと運転中の原発は年末には6基に減る。来春にはゼロになり、震災前の全発電量の3割が失われる。

 そうなれば、電力不足の割合は来年夏に全国平均で9%、原発依存の高い関西電力管内では19%にも達する。今年より厳しい電力制限の実施が不可避だろう。

 原発がなくなっても、節電さえすれば生活や産業に大きな影響はない、と考えるのは間違いだ。

 不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。震災と超円高に苦しむ産業界には大打撃となろう。

 菅政権が再稼働の条件に導入したストレステスト(耐性検査)を着実に実施し、原発の運転再開を実現することが欠かせない。

 電力各社が行ったテスト結果を評価する原子力安全・保安院と、それを確認する原子力安全委員会の責任は重い。

 運転再開への最大の難関は、地元自治体の理解を得ることだ。原発の安全について国が責任を持ち、首相自ら説得にあたるなど、誠意ある対応が求められる。

 野田首相は就任記者会見で、原発新設を「現実的に困難」とし、寿命がきた原子炉は廃炉にすると述べた。これについて鉢呂経済産業相は、報道各社のインタビューで、将来は基本的に「原発ゼロ」になるとの見通しを示した。

 ◆「新設断念」は早過ぎる◆

 代替電源を確保する展望があるわけではないのに、原発新設の可能性を全否定するかのような見解を示すのは早すぎる。

 首相は脱原発を示唆する一方、新興国などに原発の輸出を続け、原子力技術を蓄積する必要性を強調している。だが、原発の建設をやめた国から、原発を輸入する国があるとは思えない。

 政府は現行の「エネルギー基本計画」を見直し、将来の原発依存度を引き下げる方向だ。首相は、原発が減る分の電力を、太陽光など自然エネルギーと節電でまかなう考えを示している。

 国内自給できる自然エネルギーの拡大は望ましいが、水力を除けば全発電量の1%に過ぎない。現状では発電コストも高い。過大に期待するのは禁物である。

 原子力と火力を含むエネルギーのベストな組み合わせについて、現状を踏まえた論議が重要だ。

 日本が脱原発に向かうとすれば、原子力技術の衰退は避けられない。蓄積した高い技術と原発事故の教訓を、より安全な原子炉の開発などに活用していくことこそ、日本の責務と言えよう。

 ◆原子力技術の衰退防げ◆

 高性能で安全な原発を今後も新設していく、という選択肢を排除すべきではない。

 中国やインドなど新興国は原発の大幅な増設を計画している。日本が原発を輸出し、安全操業の技術も供与することは、原発事故のリスク低減に役立つはずだ。

 日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。

 首相は感情的な「脱原発」ムードに流されず、原子力をめぐる世界情勢を冷静に分析して、エネルギー政策を推進すべきだ。

(2011年9月7日01時19分 読売新聞)

</転載>

 
 ところで・・・ひとまず例の番組は放送されたようでヨカッタです。


でわっ!

2011年9月2日金曜日

最近、思ったこと・・・2

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 えM、前回は「精神力」・・・つまり、「心の強さ」について述べたワケですが、ワタシは別に「精神論者」ではアリません。竹槍でB29に・・・日本刀で黒船に立ち向かっても・・・勝てるとは思えません。お互いが同等の条件の下で競い合った場合、勝敗を決めるポイントのひとつになるのが精神力だろうと思うワケです。要は、プラスアルファを持っているか?・・・だと。

 再び引き合いに出してアレですが、「男子サッカー」が練習量や技量不足を「精神力」だけでカバーしようとしても、旧日本軍と同じ過ちを繰り返すだけでしょ?ま、条件的な劣勢を「戦略」で覆せないワケでもありませんが・・・。

 とにかく前回言いたかったのは、「心(精神)に性別は無い。」・・・という一点です。少なくともワタシにはそう思えますし、そうすると結果的に、「心と体は別物である。」という事になるのですが、そうなると、「アイエス」とか、「ホモセクシャル」とか、心と体の不一致に悩んでいる人たちに、


それはあたり前なんだよ。


・・・とも言えるワケです。はい。

 体が先天的なものであるのに対して、心は後天的なもの・・・「習慣」で形作られるのであれば、体が成長して「性徴」が顕著になることで自分の性を意識し、それを受容するのが一般的な流れであり、その際に、「男の子は男らしく」「女の子は女らしく」と育てられることで、性に合わせて心も選択されていく・・・と。

 しかし一方、その段階において、自分の身体的な性に合わせて心を変容させることに躓き、心と体の分離によって生じたストレスから、後年、いわゆる「ホモセクシャル」に転身するケースもありえるワケで、恐らく、幼いながらも自意識が既に十分強く、心が体の奴隷になることを拒んだとも言えます。「ホモセクシャル」と呼ばれる人たちの「独自の美意識」は、こうした自意識の強さに由るもとも考えられます。

 ワタシたちは・・・少なくともワタシは、今まで「体=心」、もしくは、体と心の「2重構造」の意味について、あまり深く考えたことがありませんでしたが、宗教の世界では当たり前の事として扱われているワケです。尤も、「魂」という言葉でですが・・・。マニ教などはハッキリと、


肉体は魂の監獄である。


・・・と、言い切っているくらいです。だから子孫を残すなどトンデモナイことで、肉体がある限り、人間は永遠に本来自分がいた次元に帰れないという教義を持ちます。(ウル覚えですが・・・)

 ま、それはそれとして、「心に性別は無い」という理屈からすれば、では何故?男と女が求め合うのか?といえば、それはもう、「オス」と「メス」の本能的な欲求でしかないでしょうな。「恋愛」にしても、ほとんどの大人は「恋」と「愛」は別であることを理解していますが、一般的に思春期・・・大人への準備段階期に若者は「恋」をするもので、これは体が「子孫を作る準備が出来た」時期でもあり、「子孫を残せ!」と命令する、脳内分泌ホルモンの影響があるのではないか?・・・と。で、脳内分泌ホルモンも無限に出続けるワケではないので、「恋」もやがて醒める。・・・と。

 で、「恋」の対象として、男性は母親に。女性は父親に似た異性に惹かれるものですが、これも「種の保存」という本能からすれば、今まで自分を育ててくれた存在=繁殖能力がある。・・・という本能的な「刷り込み」が行われるものと思われます。

 次の段階になると、生まれた子供(子孫)を保護する本能が「愛」という行為に現れ、「子孫を守れ!」と命令する脳内分泌ホルモンが働き、女性の場合は「母乳」が出るようになったり、男性の場合は・・・男性の場合は・・・男性の場合は・・・何でしょうね?取りあえず「家族を守る」という意識の芽生えですかね?

 したがってマニ教がどう言おうが、子孫を残す本能が人間にある限り、マニ教が人々に受け容れられるのは難しかったでしょう。ヒンズー教のように、「現世利益」を教義に組み入れた宗教の方が、人間の本能に合っていたということです。

 今回の本題は「心(魂)と体」なのですが、あらゆる宗教が「心(魂)と体」を別々に扱っていますし、天国や地獄という概念も共通していますよね?で、ワタシが思ったのは(ワタシの自論=「心(魂)に性別は無い。」に基いてですが・・・)、そういった宗教上の天国とか地獄とかに描かれる死後の姿がね?男の姿であったり、女の姿であったりで、アレ?・・・と思ったワケですよ。


アホか?つまらないこと考えて。


・・・と、思われるでしょうから、「死後の世界」はアレとして、話を「現世」に戻します。

 前回から、「心に性別は無い。」という自論を述ているワケですが、そこから一歩踏み出し、「心と体は別物である。」という事実?に向き合うワケですが、で、あれば、形而下の存在・・・肉体と、形而上の存在・・・とを、意識的に分けて考える事も可能であり、そうするとワタシが他者と接する場合に、肉体で向き合うか?それとも心(精神)で向き合うか?という選択も生まれてくるワケです。

 で、心(精神)で向き合った場合、「心が共鳴」する相手というのは年齢や性別とは無関係だろう。・・・という当たり前の事に、改めて納得した次第です。はい。

 陽もすっかり沈み、タイガービールの酔いも回り、そんな話をしながら心地良いひと時をローカル居酒屋で過ごしたワケですが、にしても、コム・チン・ズンチャウ(広東風チャーハン)の中に入っているネム(ベトナム風ハム)の酸味には、未だに馴染めないなあ・・・。次回はコム・チン・シンガポール(シンガポール風チャーハン)を頼もう!


でわっ!

2011年8月31日水曜日

最近、思ったこと・・・1

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 ちょっと前にオバマ大統領が、同性愛者の米軍入隊を許可すると発表したのですが、

<転載>

米軍、同性愛者の入隊規制を9月に撤廃
2011年07月23日 19:46 発信地:ワシントンD.C./米国

【7月23日 AFP】米国のバラク・オバマ(Barack Obama)大統領は22日、同性愛者であることを公言して軍務に就くことを禁じた規定を9月に撤廃すると発表した。

 オバマ大統領は同日、レオン・パネッタ(Leon Panetta)国防長官、マイケル・マレン(Michael Mullen)統合参謀本部議長と共に、米軍が同性愛者を受け入れる準備が整ったことを確認する文書に署名した後に声明を発表した。

 声明の中でオバマ大統領は「わが軍の態勢を損ない、公正と平等という米国の理念に反する『聞かない、言わない(Don't Ask, Don't Tell)』方針という差別的な規制をなくす最後のステップに今日、ついに至った」と述べた。署名から60日後の9月20日に同規定は撤廃される。

(c)AFP/Mathieu Rabechault

</転載>

 この記事を目にして思ったのは、


軍隊が、「新宿2丁目」化するん?


もしくはゲイ・ホモ・レズの、


「発展場」になるん?


・・・という下世話な想像ですが、そうなった場合、戦闘力も劣化するんじゃないの?・・・と。

  のみならず、嫉妬に狂った兵隊が何をしでかすか不安です。基地内で銃を乱射する程度ならゴシップニュースで済みますが、最終兵器のボタンなんぞを、失恋?の痛手から発作的に押したりしたら、世界はアポーン・・・です。・・・よね?
 
 軍隊とは本来危険な組織であり、であるからこそ常に管理が問われるワケで、個人の感情は極力排除し、軍規によって統率を維持しなければならないワケです。故に恋愛感情などはもっての外。・・・の軍隊に同性愛者の入隊を認めるということは、軍隊を恋愛の花園にでもする気ですかね?オバマ大統領は?

 続いてこの記事ですが、

<転載>

ニューヨーク州で同性婚が合法に
2011年07月25日 10:21 発信地:ニューヨーク/米国


米ニューヨーク(New York)州は24日、同性婚を認める法律を施行し、初日から同性カップルが続々と申請に訪れた。同性婚が可能な州は、全米で6州となった(2011年7月24日撮影)。(c)AFP/Stan HONDA

</転載>

 何でも経済効果が「220億円」ということで、「やくざ」と同じく、「ホモセクシャル」の人たちも米国の財政建て直しに利用されているかの感はあります。ただし「やくざ」と違い、本人たちは大喜びですが・・・。

 米国の失業問題の観点から観るに、軍隊の同性愛者への門戸の開放は、市中に溢れる同性愛者の失業者を吸収する目的も無きにしも非ず?であれば、軍隊の規律よりも経済問題を優先させなければならないという、オバマ大統領の苦肉の策・・・。「尻に火がついた」状態であるとも考えられます。来年2012年は大統領選挙の年ですし・・・。

 ま、以上は今回の主題ではありません。現在、「IS(アイエス)」というドラマをテレビ東京で放送しているのですが、体は男で心は女、その逆に体は女で心は男、という人たちをテーマにしています。そういえば少し前に、「ママは昔パパだった」というドラマもありました。

 で、「アイエス」と呼ばれる人たちと、「ホモセクシャル」の人たちの共通点って何だろう?と考えたワケですが、大雑把に言って、


肉体が障害になっている。


ように思えるワケです。つまり、「肉体(性別)」と「心(精神)」の不一致が問題になっている。・・・と。

 そこで更に掘り下げてみるに、肉体は物理的(形而下)な存在として男(オス)、女(メス)に明確に分けることが出来ますが、じゃあ、心(精神)は?・・・と考えたときに、「男の心」、「女の心」などと、形而下に分けることが出来るのでしょうか?ワタシにはただ、「強い心」とか、「弱い心」とか、そういった形而上の領域の様に思えるワケです。脳の働きにおいても、男の脳女の脳より優れているワケではなく、ワタシより遥かに頭のイイ女性はゴマンといることでしょう。

 「なでしこジャパン」の偉業・・・と言わせて貰いますが、彼女たちがワールドカップで優勝できたのも一重に、


強い精神力


があったからだと思えます。報われない練習環境の中でも、「サッカーが好きだ」という想いを貫き通したその繰り返しが、結果として彼女たちの精神力を強くしたのだとワタシには思えます。翻って「男子サッカー」は、不遇の環境下でもサッカーを続けようという気持ちがあったのか?あるのか?ワタシには「精神力」の面で、「女子サッカー」には遠く及ばないようにも思えます。

 更に全体を見渡せば、先に述べた様に・・・


「苦難」をどれだけ乗り越えたか?


精神力を養うのだとしたら、「生理」だとか、「出産」だとか、「職業差別」だとか、人生において必ず苦難に直面しなければならない女性の方が、必然的に男よりも精神力が強い。・・・という結論?に辿り着くワケです。

 ま、そんな話をしながら、先日久しぶりに会った10年来の知人と、夜風が心地よいベトナムローカルの居酒屋で、タイガービールを飲み、イカフライをつまみ、沈み行く夕焼けを眺めつつ、まったりした時間を過ごした次第です。ほろ酔い気分で・・・。


でわっ!

2010年1月1日金曜日

タイムトラベル野郎

時間が止まった世界では、人は生きているのか?
それとも死んでいるのか?

心臓は鼓動を停止し、血流はその流れを止める。
全ての細胞は活動を停止し、成長も老化も無い。
苦しみも無ければ、喜びも無い。

全ては止まっているのだから。

全てが静止している世界において、全ての存在は
平等だ。
人間も、建築物も、昆虫も、何もかもが止まっているのだから、
その存在、つまり空間の占有領域の差こそ有れ、
存在するとゆう状態において、何ら区別はないのだ。

物理学では一般に時空として扱かわれるが、
仮に、時間と空間の分離が可能であれば、
空間は時間よりも、「より根源的」なのか?
であるのならば・・・

空間を構成、維持している要素とわ?

と、ここまで思いを巡らせたところで、維持とゆう概念に、
既に時間が介在している事を自覚した。
(やはり、時間と空間は不可分なのか?)

時間が止まると、空間も消える。

では逆に、空間を持たない、「純粋時間」は有り得るのか?

これも、そもそも時間とは・・・

観測される事によってのみ存在する。


とゆう時間の性質から、空間が存在しない、つまり、
観測者が存在出来ないので、時間も存在証明出来ない事になる。
時間がその姿を現すためには、空間の存在が不可欠であり、
空間がその姿を維持するためには、時間の存在が不可欠となる。、
つまり、時間とは、空間を内側から支える柱の様なモノと、
考えられるのかも知れない。

時間と空間の重なり合いが存在となる。

話が少しわき道に逸れますが、例えば・・・
「宇宙戦艦ヤマト」に乗って、空間をワープ」するとゆう事は、
同時に、「時間をワープ」するとゆう事にもなりますよね?
(あくまでもワタシの屁理屈の上でわ。)

これって、「タイムトラベル」じゃね?

とゆう、話の展開になるのですが、
で、連想するのが、ヒンズー教「マントラ」「タントラ」の話。

簡単に言うと、「マントラ=経」「タントラ=行」なのですが、
この二つは、「織物」「たて糸」「よこ糸」に例えられます。
「マントラ」「タントラ」を極める事で、「ブラフマン」に至る。と。
確か、「ヴァガヴァット・ギーター」に書いてあった様な・・・
ひょっとしたら、「サイババ」の本だったかも?
もしくは?「バグワン・シュリ・ラジニーシ」のパンフだったか?
(記憶が曖昧ですみません・・・)
で、この事は時間空間の関係にも当てはまるん?と。

時間とゆう「たて糸」と、空間とゆう「よこ糸」によって、
存在とゆう「織物」が織り上げられてゆく。

そう考えると(想像すると)、タイムトラベルの「基本原理」って、
自分がいま居る「たて糸(時間)」と「よこ糸(空間)」の「交点(存在)」から、
別な場所の「交点」にジャンプするとゆう理解でOK?
だけど、先に推察したワタシの理屈(屁理屈)からすれば、
将来、よしんばタイムマシンが完成されたとしても、

タイムマシンは「未来」へは行けない。

とゆう事でわ無いでしょうか?なぜなら、
過去は既に織りあがっており、「交点が存在する。」が、
未来は未だ織りあがっていないので、「交点が存在しない。」

未来への「タイムトラベル」の可能性が有るとしたら、
現在自分が存在している「織物=世界」から、
既に未来が織り込まれた、「別な織物=別な世界」に行く他は無いかと。
でもそれって、所謂、「パラレル・ワールド(多重世界)」って事?
つまり、「本来の自分の未来」を知る術は無く、あくまでも、

何となく似た世界の未来
に移動するのが精一杯なんじゃないの?
つまり・・・自分の「本当の未来」は・・・

誰も知る事は出来ない。

「のび太」が、孫である「セワシ」に出会ったとしても、
本来の自分の世界の時間軸上の未来における、
血の繋がった?孫じゃ無い!と。

タイムトラベルには夢がありますが、下手すると、
永遠に、パラレルワールドの迷子になる危険があるワケです。

で、何で急にこんな事を考える気になったのかとゆうと・・・
ハイデッガーのせい・・・じゃなくて、

JIN - 仁 -
を見た影響なのは、スグにお分かり頂けるかと思いますwww。
ま、新年早々、下らない話にお付き合いいただき感謝。感謝。
ご挨拶が遅れましたが、

新年あけましておめでとう御座います。
ジョン・タイター・・・もとい、saigon ronin 拝


でわっ!