2008年10月24日金曜日

「バカの壁」再読 第一夜

本を読んで、いっときは分かった気になるものですが、
この、「分かった」という自己了解は、
養老センセイ風に言うなら、「脳の一時的な興奮」
程度のモノなんですかネエwww?

読めば読むほど、何と言うか、「滲みてくる」んですよ。
「バカの壁」。

一時的な刺激としての「知識」ではなく、
脳の中で、「思考」として自分のものにする為には、
本は何度も繰り返し読まないとダメなのかも・・・

でもって、繰り返し読んでもそのつど得るものがある本が
いわゆる「いい本」なんだろうなwww

その意味で「バカの壁」、ワタシにとっては「いい本」ですぅ!























バカの壁 (新潮新書) (新書)
養老 孟司 (著)


「バカの壁」 第八章 一元論を超えてより

<抜粋>

欲望としての兵器

 欲にはいろいろ種類がある。例えば、食欲とか性欲というものは、いったん満たされれば、とりあえず消えてしまう。これは動物だって持っている欲です。ところが、人間の脳が大きくなり、偉くなったものだから、ある種の欲は際限がないものになった。

 金についての欲がその典型です。キリがない。要するに、そういう欲には本能的なというか、遺伝子的な制御がついていない。すると、この種の欲には、無理にでも何か制御をつけなくてはいけないのかもしれない。

 近代の戦争は、ある意味で欲望が暴走した状態です。それは原因の点で、金銭欲とか権力への欲望が顕在化したものだから、ということだけではない。手段の点において、欲が暴走した状態である。

 なぜなら、戦争というものは、自分は一切、相手が死ぬのを見ないで殺すことができるという方法をどんどん作っていく方向で「進化」している。ミサイルは典型的にそういう兵器です。破壊された状況をわざわざ見にいくミサイルの射手はいないでしょう。自分が押したボタンの結果がどれだけの出来事を引き起こしたかということを見ないで済む。死体を見なくてもよい。

 原爆にいたってはその典型です。「おまえがやったことだよ」とその場所を、爆破後一日たって見せてあげたら、普通はどんなパイロットだって爆弾を落としたがらなくなるでしょう。何せ何万、何十万という被害者が目の前に転がっているのですから。

 その結果に直面することを恐れるから、どんどん兵器を間接化する。別の言い方をすれば、身体からどんどん離れていくものにする。武器の進化というものは、その方向に進んでいる。ナイフで殺し合いをしている間は、まさに抑止力が直接、働いていた。目の前にいる敵を刺せば、その感触は手に伝わり、血しぶきが己の手にかかり、敵は目の前で倒れていく。

 異常者でもなければ、それに快感を感じることはない。だからこそ、武器は出来るだけ身体から離していきたい。その欲望を実現していき、結果として、武器による被害の規模はおおきくなっていくばかりです。

</抜粋>


一人一人が自分自身と向き合わなければ、
これからの時代、様々な問題に対処できないような気がするんですわ。


でわっ!