2011年7月31日日曜日

なでしこジャパンと重力の魔

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 キツネ目の親分さんこと宮崎氏が、原発についての所感を述べております。

<3.11に思うこと> ー その1 ー

<3.11に思うこと> ー その2 ー


 親分さんも言っているように、原発は後始末が出来ないワケです。ヤクザの言葉で言うならば、落とし前もつけない

外道

な存在なワケですが、そんな外道連中とつるんでいたら?事務所の壁に掛けてある(勝手な思い込み)「任侠」の看板も泣きますぜ。

 で、それはそれとして、不謹慎を承知でついでになでしこジャパンとやくざを大胆に並べて考えてみるに、両者とも・・・

差別を受けている。

という点では同じゃなんじゃないか?と。

 やくざのみなさんは「在日」とか「部落民」とかのレッテルを貼られ、なでしこジャパンのみなさんは女性だという「性差別」からか、待遇面で男子サッカー選手と格段の開きが見られます。優勝賞金男子は3000万円に対して、女子は150万円らしいですからねえ・・・。

 そんな劣悪な環境の中でさえ、ワールドカップ優勝という偉業を男子より先に成し遂げたなでしこジャパンのみなさんにはホント、

頭が下がります。

 選手の中には、スーパーのレジ打ちをしながら練習を続けた選手もいたそうですが、え?男子に同じ真似が出来ますか?正直ワタシ、サッカーには(・・・というかスポーツ全般に)あまり興味がないのでとやかく言う資格は無いのですが、それでも彼女たちなでしこジャパンが、

ワールドカップ優勝

という栄冠(偉業)を成し遂げたのは、途方も無い事だと理解できます。しかも、

逆境の中で。

イッタイ何が違うんですかね?男子サッカーと女子サッカーで?一重に、「サッカーに対する思い」じゃないですかね?簡単に言えば、

どれだけサッカーが好きか?

という思いではないか?・・・と。
 
 なでしこジャパンのキャプテン澤穂希選手(府中市)なんて、もう32才なワケですよ。フツーだったら引退して家庭に収まっていてもオカシくない年齢ですし、ご両親もイイ歳した我が娘が、サーカーボールばかり追いかけているのを喜ぶとは思えません。本人だってそれは十分分かっていたと思います。

夢は叶えるものだ。

 そう口にするのは簡単ですが、それを実行するには並大抵の努力や精神力じゃ足りません。大抵の人は途中で妥協したり、心が折れたりするでしょう。それもこれも、「どれだけサッカーが好きか?」という思い、情熱の強さ次第でしょう。

 つまり、なでしこジャパンのみなさんは本当にサッカーが好きで好きで、その気持ちが世界一強かったからこそ、結果としてワールドカップ優勝という快挙を成し遂げられたのだと、ワタシは思うのです。

 「サッカーが好き」というその純粋な心、その一途な心が彼女たちなでしこジャパンを世界の頂点に押し上げたのだとしたら、ワタシはそこに、ニーチェの言う「重力の魔」から開放された人間の姿を、重ね合わさずにはいられません。

 そしてそれは全ての人に・・・特に日本人に、「人は重力の魔から開放されることが可能なのだ。」と、実践的に示してくれたのです。口先だけの「商売哲学者」などと違い、「自らの血」で証明してくれたワケです(ま、彼女らは哲学なんぞに興味はないでしょうが)。

 思えば・・・中田選手が引退の折に綴ったメッセージが思い起こされますなあ。


<転載>

 中田英寿 現役引退を表明 “新たな自分”探しの旅にと

<前略>

 ◇中田英選手のホームページから

 “人生とは旅であり、旅とは人生である”  
2006・7・3~1985年12月1日-2006年6月22日~ 

 俺(おれ)が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。 あの頃(ころ)はボールを蹴ることに夢中になり、必死でゴールを決めることだけを目指した。そして、ひたすらゲームを楽しんだ。サッカーボールは常に傍(かたわ)らにあった。 

<中略>

 プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々(みずみず)しい感情は失われていった。

 けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

 それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

 これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振る舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢(あふ)れ出した。

<後略>

 
 みんな好きで始めたサッカーのハズなのに、その気持ちを純粋なまま持ち続けることはムズカシイのでしょう。それが「大人になる」ということなんですかね?だとしたら、「なでしこジャパン」は、大人になりきれなかったからこそ、ワールドカップ優勝という偉業を成し遂げられたとも言えます。・・・はい。

 「サッカーが好きだ。」という純粋な気持ちに従って突き進んだからこそ、「重力の魔」から開放されたんじゃないでしょうか?

軽やかに笑う。

 一心不乱に自分の好きな道、信じる道を進む時、そこに在るのは楽しいという感情ではないでしょうか。どんな苦しみも受け入れ、笑顔を浮かべながら前進できるのではないでしょうか?それこそがニーチェの言わんとする、「重力の魔」を、

笑えば殺すことができる。

意味ではないかと思う次第です。そして「なでしこジャパン」は、ニーチェ哲学の深淵を、身を以って示してくれたのだと。

 さらに言えば、「なでしこジャパン」が身を以って示してくれた事実は、いくらでも「応用」が可能なワケで、一例としてワタシたちは今、「脱原発社会」のスタート地点に立っているワケですが、その芽はまだ柔らかく、外部からの「圧力」「劣悪な環境」に臆することなく、「脱原発社会」=「みんなが安心して暮らせる社会」を目指し、揺ぎ無い次の一歩を踏み出し続けなければと思う次第です。また当然、被災地の復興にしても同様です。


ツァラトストラかく語りき 上 (新潮文庫 ニ 1-1) [文庫]
ニーチェ (著), 竹山 道雄 (翻訳)


<抜粋>

「重力の魔」

わたしがわたしの悪魔を見たとき、悪魔はきまじめで、徹底的で、深く、荘重であった。それは重力の魔であった。――かれによって、一切の物は落ちる。怒っても殺せないときは、笑えば殺すことができる。さあ、この重力の魔を笑殺しようではないか!

ひたすら黙々と、ひややかにきしむ小石を踏みしめ、また足元を危うくする石塊(いしくれ)を踏みしだくようにして、わたしの足は、上へ、上へと努力してのぼって行った。上へ。──私の足を、下へ、深みへと引きおろすもの、私の悪魔であり、宿敵であるあの「重力の魔」にさからって。

</抜粋>


でわっ!

2011年7月30日土曜日

ワタシたちの歴史

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 今朝、TVを点けたらNHKワールド「クローズアップ現代」を放送していたのですが、それを見て「我が意を得たり。」感激してしましました。NHKもね?「クール・ジャパン」なんてチャラい番組作る暇があったら、今回の「クローズアップ現代」のように、地に足の着いた番組を、作りなはれやmmm。


NHKクローズアップ現代
炭坑(ヤマ)が“世界の記憶”になった

<抜粋>

>福岡県筑豊の元炭坑夫・山本作兵衛が描いた記録画や日記が、日本で初めてユネスコの“記憶遺産”に選ばれた。

>世界が注目し始めた作兵衛の記録画とは。そして、人類にとって記憶とは何か、考える。


出演者の発言 五木 寛之さん(作家)

●権力者が残す記録ではない市民が捉えた記録について

>>私たちは、歴史とか、そういうものを見ていく目の中に、2つの視線がなくちゃいけないと思うんですね。上からふかんして、あらすじをつかんでいく年表のような歴史と、それから現場の人たちの記憶とか、それからその人たちの喜びとか悲しみとかね、こういうものがやっぱり、湧き上がってくるような記憶がなくちゃいけないわけですし、そういうものっていうのは歌とかね、それからビジュアルな絵とか、そういうものに現れてくると思うんです。ですから、山本さんの絵は本当にデッサンがしっかりしてるんですよ。絵として楽しいんです。で、いながら、日本のこの絵画美術市場の中ではやっぱり大和絵とかね、そういう伝統はね、おのずから生きてて、別に美術学校で勉強したわけでもないにもかかわらず、日本文化っていうものを、やっぱり炭坑の風景の中にちゃんと表してるっていう、そこがやっぱりすごいと思いますね。

これはもう、本当に、先ほども言いましたけども、日本人にとっては本当に誇らしいことであると同時に、今言った、労働の現場からの、そういう報告が出たというのは、すごいことだと思います。しかも絵がやっぱり魅力があるんですよ。ですから子どもたちの遊んでる風景とか、いろんな工夫がありますよね。ろうむによるリンチの場面だとか、そういうのもひっくるめてね、これまでかつてなかったような、そういう記憶が、今、よみがえってくる。

私たちは未曽有の大災害の中にいるんですけれども、こういう記憶もね、やっぱりきちんと後世に伝えなければならないっていうふうに、改めて山本さんの絵を見て痛感しました。例えばやっぱり、記憶と記録ということがありますけれども、記憶のほうは生きてるんですね。

</抜粋>

 
 日本中に「郷土史」が埋もれています。信憑性については玉石混合ですが、従来、東大などのアカデミー畑からは無視され続けてきた、「庶民の歴史」には違いありません。

 しかしそうした権威に守られた歴史が、過去において日本の進む道を誤らせた事実を忘れてはならないのです。

「日本には真の歴史が無い。」

・・・と、明治期に日本を訪れたお抱え外国人学者に喝破され、歴史に関する「博士号」を日本人には認めないとまで言われたのです。曰く、日本の歴史は「講談」の域を出ていないと。

 それもこれも、明治政府にとって都合のいいように歴史を書き換えたからです。それが後々の世まで様々な弊害を及ぼしている事に、未だに目を背け続けているのが現在の日本の知識層の姿なのです。

 ワタシたちは、「ワタシたちの歴史」を取り戻さなければなりません。「権力者」が勝手に作った歴史に乗っかったままでは、浮き草のようにアッチへふらふら、コッチへふらふらと、「権力者」のご都合でイイように流されるだけなのです。

 全国的な、自分たちの「郷土史」を掘り起こす作業が必要です。そしてそれらをネット上で公開すればイイのです。「郷土史」の資料が増えれば増えるほど、各資料を比較・検討して、「真の歴史」の精度が上がるでしょう。そしてそれは、大学のセンセイなどのお墨付きが無くても、

ワタシたちの歴史

に他ならないのです。・・・と、いうワケで、みなさんどんどん「郷土史」をネット上で公開しましょう。「ワタシたちの歴史」を取り戻すために、インターネットはとても強力なツールなのですよ。


でわっ!

日本人(倭人)の倫理

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 相変わらずウダウダと「鹿男」に拘り続けているワケですが、その理由は理由は既に述べたとおりです。そして、「天知天皇」「天武天皇」「藤原鎌足」「藤原不比等」の実像に迫ることで、今日の日本社会が抱える問題の本質が見えてくると、勝手に思い込んでいる次第です。はい。

 そんな中、元外務官僚の天木氏のBLOGにて気になる一節を目にしたもので・・・


天木直人のブログ
政治思想史家・藤田省三の言葉と菅直人の広島演説

<抜粋>

 戦後の政治思想家を代表する丸山眞男の弟子に藤田省三という人がいる。

その藤田氏の言葉の中に次のような趣旨の言葉があるという。

・・・動物は遺伝的にプログラムされているので、してはならないことはしない。しかし人間は放って置くとしてはならないことをするから「内側からのブレイキ」として「倫理」が必要である。倫理的ブレイキとは何か。基礎は反省能力、自己批判能力である。そしてこの自己批判能力を一番欠いている国民は、僕の知っている限りでは、日本国民をおいてない。あるのは「自己愛」、つまりナルシズムだ。この「自己愛」こそ結果として「国家主義」、「会社人間」を生む・・・

<中略>

世界を見渡せばどの国も問題を抱えている。中国も米国も欧州も、あの平和と思われていたノルウェーでさえも、いま国を揺るがす大問題に直面して苦しんでいる。

</抜粋>


 まあ、有名な政治思想家のお弟子さんが・・・

「倫理的ブレイキとは何か。基礎は反省能力、自己批判能力である。そしてこの自己批判能力を一番欠いている国民は、僕の知っている限りでは、日本国民をおいてない。」

・・・と、言ったらしいのですが、当の本人は「自己批判能力」とか、「反省能力」とか、「倫理的ブレイキ」とやらの、何を解っているというんですかねえ?アレですか?欧米の偉い哲学者がカクカクシカジカ・・・と、講釈を垂れればそれで済むとお考えなのでしょうか?

 「倫理」とは普遍的なものでしょうか?違います。世界中の国、世界中の民族、ヘタしたら同じ町内のお隣同士でさえ違うかも知れません。大きな目で見ればみな同じ人間ですから、どんな民族であれ、最低限「モーセの十戒」程度あれば事足りるでしょう。

 しかしそれ以外の生活全般に纏わる倫理観となると、様々な環境の違いに左右されバラバラになって当然です。実例をあげれば、少し前まではアメリカでは、「銃」を所持することは何ら倫理的に問題はありませんでした。で、日本はどうです?「銃」の所有は法律で厳しく制限されています。「法律」とは何でしょう?「倫理観」の延長でしょ?

 国ごとに法律が違うということは、
 国ごとに倫理観も違うということ。

 そこでですよ?では、「倫理」とか「倫理観」は何によって培われるかといえば、「教育」です。それは学校で教え込まれるものもありますが、もっと広い意味では、社会全体が持っている倫理観を脈々と受け継いで来た結果でもあります。

 つまり、歴史が倫理を育んで来たとワタシは考えます。先の太平洋戦争に何故日本が突入してしまったのか?陸軍がどうの、海軍がどうの、メディアがどうのとアレコレ分析されていますが、答えは・・・

 間違った歴史を教え込まれた。

 間違った歴史を植えつけられたが故に倫理も捻じ曲げられ、「倫理のブレエキ」そのものが役立たずになってしまったからです。そして現在もなお、先の太平洋戦争の総括が十分になされていない現代の状況では、日本人全体の「倫理のブレエキ」は相変わらず狂ったままだと言えます。

 そこでワタシは歴史に拘るワケです。はい。政治思想?だの、政治哲学?だの、

自分の足元を見てから語れ!

と、ワタシは言ひたいワケです。・・・はい。


でわっ!

2011年7月29日金曜日

友よ

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


友よ
岡林信康 / 高石友也




友よ・・・
夜明け前の闇の中で
友よ・・・
闘いの焔を燃やせ


夜明けは近い
夜明けは近い


友よ・・・
この闇の向こうには
友よ・・・
輝くあしたがある


友よ・・・
きみの涙、きみの汗が
友よ・・・
報われるその日が来る


夜明けは近い
夜明けは近い


友よ・・・
この闇の向こうには
友よ・・・
輝くあしたがある


友よ・・・
のぼり来る朝日の中で
友よ・・・
喜びを分かち合おう


夜明けは近い
夜明けは近い


友よ・・・
この闇の向こうには
友よ・・・
輝くあしたがある


友よ・・・
夜明け前の闇の中で
友よ・・・
闘いの焔を燃やせ


夜明けは近い
夜明けは近い


友よ・・・
この闇の向こうには
友よ・・・
輝くあしたがある


でわっ!

2011年7月28日木曜日

権威とは何か?

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 以前、「茶道」の始まりを紹介しましたが、「茶の湯」はもともと「部落民」が始めた文化?であり、現在見られるような「教養」だの、「礼節」だの、「侘びさび」だのいうものは、殆どが後から付けられた「虚飾」であることが読み取れます。その「虚飾」がいつの間にか「権威」に摩り替えられ、いまで言う「カルト宗教」の如き存在になったワケです。「教祖=家元」、「信者=弟子」という同質の体系上にあり、さすがに路上で信者の勧誘まではしませんが、「布教活動=文化活動」と見れば、両者の間に差はありません。

 同じ様なことは、日本における殆どの「伝統文化」についても言えますし、ここ最近の解りやすい例で言えば、「マンガ」や「アニメ」も同じ道を辿っているといえるでしょう。おそらく現在40代以上の方は子供の頃、「ジャンプ」だの「マガジン」だのを読んでいて、親に「マンガばがり見てないで勉強しろ!」と小言を言われたことはあっても、「マンガ読んでるなんて偉いねえmmm。」と褒められたことはないでしょう。それが今やどうです?

 某総理大臣は、マンガを「日本の国家戦略」だと言い、NHKですら、マンガやアニメを「クールジャパン」だとか言って持ち上げ、いつの間にか「茶道」、「歌舞伎」なみに、「日本文化」だと公言して憚りません。そのうち文科省の下にマンガ庁でも新設されるんじゃないか?という勢いです。随分と「マンガ」も、「権威」を与えられたものですなあ・・・。

 ワタシはへそ曲がりなモンでね?そんな、国から保護され、権威付けられたマンガには魅力を感じません。国に・・・所謂「体制側」に庇護され、保護された文化なんて、ハヤイ話が「プロパガンダ」の手先に成り下がるだけ。・・・としか思えないからです。親の目を盗んでまで見た「マンガ」の、あの、「高揚感」。そこにはある種「レジスタンス」に身を投じるにも似た高揚感がありました。それは、「親の言うことよりも、マンガの主人公の言うことの方が正しいんじゃなイカ?」という、価値観の逆転を感じるスリルだったのかも知れません。


真っ白に燃え尽きたぜ・・・。


 そう生きること・・・破滅を自ら望んだ「矢吹ジョー」は、高度成長に浮かれる日本社会に「反旗」を翻した「レジスタンス」でした。「カウンター・カルチャー」の申し子でした。「権威」など無縁の存在でした。そしてそれは、「漫画家」の精神の表れであったとも思うのです。

 それがどうですか?ええっ!?「日本文化」などとチヤホヤされていますが、「カネ」になるから・・・外貨を稼ぐ輸出商品として有望だから、国としても後押ししているワケでしょ?チガウの?最近のマンガ家は日本経済の心配までして、作品作りしているワケ?スゴイなあmmm。マンガが「カウンター・カルチャー」としての存在場所を失ったとき・・・


マンガは死んだ。


・・・と、ワタシは考えます。

 で、まとめ?ると、人は自分の行為の裏づけを求めます。


自分は本当にこれでイイのか?


・・・と。そこで自分に自信がもてない場合(ワタシも含め殆どの人がそうでしょが)、外部に裏付けを求めたくなります。それは親の意見であったり、先生の意見であったり、友達の意見であったり、社会常識と呼ばれるものであったり・・・。で、その一環として最強?なのが、「権威」を手に入れることではなイカ?・・・と。

 しかし、「権威」は常に「時の権力」とセットであり、権力機構に寄り添っていなければなりません。もしマンガやマンガ家がそのような立場を好しとするのであれば、ワタシが少年の頃読み漁ったマンガとは、全く別な存在になってしまったと思うしかありません。そこに「夢」や「希望」が描かれていたとしても、きっとそれは、「権力者」によって用意された「プロパガンダ」としか思えないからです。


自分は本当にこれでイイのか?


 今の若者も昔の若者も、悩むことは一緒です。ただ、安易に「権威」などの、外部に答えを求めるのは止め、トコトン自分自身の答えを求めるのもアリなんじゃないでしょうか?それは苦しいことなのですが、真の意味での「道」とか、「求道」とかは、本来、「権威」などとは無縁の孤独な道のように思う次第です。はい。そしてそれは、「権威という毒」に染まっていない、「若者の特権」のようにも思った次第です。
 
 
でわっ!

2011年7月25日月曜日

事故注意報

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 いやmmm、ノルウェイでは銃の乱射、中国では列車事故と、大きな事件、事故が重なります・・・。


<転載>

中国:高速鉄道脱線 先頭車両、砕き埋める 「証拠隠滅」批判の声

◇運行記録装置を回収

 【温州(中国浙江省)隅俊之】中国浙江省温州市で23日に起きた高速鉄道の追突事故で、鉄道省の王勇平報道官は事故発生から丸1日が過ぎた24日深夜、現地で初めて記者会見し、追突した列車から運行記録装置(ブラックボックス)を回収したことを明らかにし、「状況が判明すれば直ちに公表する」と明言した。追突した列車の運転士(死亡)と運行管理センターとのやりとりなど、事故の人的要因の有無も大きな焦点になりそうだ。

 一方、事故現場では24日午前、高架橋から落下した先頭車両が重機で粉々に砕かれ、土中に埋められた。計器類がある運転室も埋められたため、インターネット上では「証拠隠滅ではないのか」との批判が高まっており、事故原因の情報開示がどこまで進むかも焦点に浮上している。

 事故は浙江省杭州発福建省福州南行きのD3115列車が停止し、後続の北京南発福州行きのD301列車が追突。報道官は国営新華社通信などの取材に「落雷による設備故障が原因」と語ったが、会見では「具体的な原因は調査中」と述べるにとどめた。

 一方、25日付の中国紙「新京報」は追突原因について、落雷で衝突回避システムがダウンしたとの見方のほか、先行列車の運転士が停止情報を運行管理センターに送っていなかった▽運行管理センターから追突した列車に適切な停止指示が出ていなかった▽追突した列車の運転士が危険情報の通報システムのスイッチを切っていた--といった人災の可能性を指摘。

 当局はブラックボックスの解析を通じて事故直前の運転士の対応や、事故前の信号機確認の状況、運行管理センターとのやりとりを検証するとみられる。

 一方、追突した先頭車両が土中に埋められたことに対して、王報道官は会見で「地面がぬかるんでおり、機械を現場に入れるための危険回避の措置だ」と反論。ただ、検証作業は24日に行われておらず、当局はむしろ運行再開を急ぐ方針を明らかにした。

 埋設は「発展の象徴」である高速鉄道のイメージダウンを最小限にとどめたい中国指導部の意向が反映されている可能性もある。

 ◇運転を再開

 一方、新華社通信によると、事故が起きた区間(寧波-温州南)で25日午前、運転が再開された。事故からわずか1日半での運転再開は大きな議論を呼びそうだ。

毎日新聞 2011年7月25日 東京夕刊

</転載>


中国浙江省温州市


大きな地図で見る


<転載>

【中国BBS】高速鉄道の事故原因は本当に雷なのか?

  中国で起きた高速列車事故に関連して、中国大手検索サイト百度の掲示板に「客観的に見て高速鉄道の事故原因は落雷といえるのか?」というスレッドが立てられた。スレ主の分析に対してさまざまな意見が寄せられている。以下に中国語のBBSを日本語に翻訳して紹介する。

■「中国高速鉄道、温州で衝突事故(2011年)」に関する写真
---------------------

● スレ主:a275701832
  普通は事故原因というのは何日もかけて調査して原因が分かる。だが、今回は2時間もしないで原因が明らかになった。雷で止まっていた車両に後続列車が追突したためというものだ。オレは専門家ではないが、この説明には疑問だ。安全な間隔で運行していたはずだし、たとえ、故障で止まっても後続列車にはただちに連絡がいって追突は防げるはず。動力が失われても監視システムは動いていたはず。それがダメでも、いまは携帯がある。すぐに連絡すれば防げたはずだ。最後に列車の乗客の平安を祈る。

---------------------

● 読心神探YY
  なんで、前方の列車が止まっているのに、後続列車に連絡がいかなかったのか、訳が分からない。飲酒運転でもしてたのか?

● 黄大少爺
  天気が原因で列車が止まり、人間の不注意で追突事故になった。その時、関係者は何をしていたんだ?

● 夢_過于真実
  なんでみんな悪く考えるのかね。あの雷は尋常じゃなかったんだよ。なんで信じないのかな…。

● _小豆丁_a
  わが国は、目先の功利を求めるのに焦っていたな。こういうものを作る時は、付属の設備なんかも完成させてから開通すべきなんだよ。こういう事故が起きたらどうするべきか?わが国はよくよく自己批判をすべきだ。

● tschiya
  雷は赤信号を青信号に変えられるんだ!超笑い話なんだけど。

● a275701832
  百歩譲って雷のせいで動力も監視装置も連絡手段も携帯も、全部使えなくなったとして、駅の方で列車が故障しているということを、後続の列車に伝えるのは常識中の常識だろう。すべてを雷のせいにすることはできないね。

● 享受夕陽
  理由を聞いてすぐに分かった。「責任転嫁」だってね。

● jane116
  オレもスレ主の考えと同じだ。これは人災だ!でもメディアは天のせいにしている。気を付けないと天から罰が下るぞ。

● 121.25.226.*
  もしかして、航空会社の陰謀かな?高速鉄道ができてから影響を受けていたからね。こういう事が起きたらだれも列車に乗りたがらなくなる。特に高速鉄道。でも、言っておくけど、あくまでもそういう疑いもあるってだけの話だ。

● 晨豹
  雷は停車の原因で、追突の原因ではない。メディアは概念をすり替えようとしているのだ。もし、雷が追突の原因ならば、雷を受けるたびに追突するということになる。そうすると結論は「前方の列車が雷を受けたら必ず追突される」ということになる。

● 158366575
  われわれが求めるのは真相の究明だ。関連部門の専門家とかいうアホな説明は要らない。

● 孤独鳳凰戦士
  死傷者の数は絶対にごまかしてるね。09年のウイグルの事件の時のことはみんなも知ってのとおりだ。公には200人ってことになってるけど、実際はその5倍以上いたはずだ。

● 125.71.213.*
  一番の可能性は、運転手がわざと追突したということだな。運転席からは、前方の列車との距離は計器で分かっていたはずだ。独立電源のGPSは装備していたはずだし。制御室は後続の車両と連絡を保っていたはずだ。鉄道部には制御室の通信記録公開をしてもらおう。

● 1176808745
  制御室の人たちは酔っぱらっていて電話に出られなかったんだな。

(編集担当:畠山栄)

</転載>



<転載>

アモイ事件主犯の送還決定=「反汚職活動の勝利」と海外メディア―SP華字紙

2011年7月23日、シンガポール華字紙・聯合早報によると、海外メディアはアモイ事件の主犯格・頼昌星(ライ・チャンシン)の送還を「中国反汚職運動の勝利」と報じているという。

アモイ事件とは、官僚や軍人、そして頼が創業した貿易会社・アモイ遠華集団などが手を組んで、石油や自動車などを大量に密輸していた事件。1999年に発覚した。頼は同年、カナダに逃亡。中国は12年間にわたり引き渡しを求めてきたが、送還されれば死刑の可能性もあると頼が申し立て、送還は猶予されていた。

先日、カナダの裁判所が申し立てを棄却。送還が正式に決まった。22日付独TAZベルリンは、頼が所有していた企業は現在、「反汚職博物館」になっていることを紹介し、中国が人権の進歩とそして利益をカードにカナダを譲歩させたと評した。

独誌デア・シュピーゲルは、中国が国家最大の敵と見なしている汚職官僚は米国、そしてカナダに逃亡しているが、頼の送還は逃亡者取り締まりにとっては大きな一歩だと報じている。(翻訳・編集/KT) 2011-07-24 14:34:38 配信
シェア

</転載>


 とりあえずこれらの情報を整理して考えるに、ひとつ確かなことは・・・

何故?事故車両を埋めなければならないのか?

という疑問があります。市街地から遠く離れていて、移動が困難というワケでもなさそうなのに・・・。

 で、いつもの如く妄想を働かせるに、証拠隠滅だとしたら何の為に?事故原因を究明するには、事故車両を調査しなければならないはずです。ブラックボックスの内容と事故車両を検証して、最終的な事故原因が判明するはず。つまりアレですかね?もしかして「事故原因は既に解っている。」と?

 もしですよ?これがテロに拠る事故だとしたら?しかも、「中国国内の反国家的集団」の仕業だとしたら?ま、原因を表沙汰にはできませワナmmm。

  
でわっ!

2011年7月18日月曜日

祝!ワールドカップ優勝!

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


女子サッカー日本代表のみなさんっ!

ワールドカップ優勝
おめでとうございます。


 「なでしこ」の花は厳しい自然環境(乾燥)に強く、たくましい花だと聞いたことがあります。まさに現在の日本国内の状況・・・地震や津波や原発事故といった最悪の状況の中で、みごとな花を咲かせたみなさんは「なでしこ」の花そのものです。

 そして、日本女性全てが「なでしこ」のDNAを持っています。「倭の大乱」から始まる数々の国内の戦乱や、近代における諸外国との戦禍をくぐり抜け、日本が今日まで存続できたのも、名も無い「なでしこ」のみなさんの力があったればこそ。

 男はね?子供が産めない分、「名誉」とやらに拘りますが、「名誉」じゃ腹は膨れません。子供を育てるには「食べ物」が必要です。きれいな水、きれいな空気、よい土地が必要です。

 前にも書きましたが、「放射能ママ」と呼ばれようが、それは子供を守りたいという気持ちの裏返しなワケでしょ?素晴しいじゃないですか。ワタシは女性の本能を否定しません。いや、むしろ肯定します。女性はこの宇宙(月の運行)とシンクロして生きているワケです。男には及びもつかない次元で生きていると言っても過言ではありません。ニューハーフがいくら女らしくしても、月とシンクロすることだけは適いません。

 ま、年をとるにつれ女性=メスの偉大さを、ひしひしと身をもって感じる今日この頃です。

 ちなみにベトナムがアメリカを退けられたのも、戦闘の合間を見て防空壕(クチ・トンネル)の中という劣悪な環境の下でさえ子供を産み育てた、ベトナムの肝っ玉かあさんたちがいたからでしょう。華やかな歴史の表舞台に登場することはありませんが、このことは疑いようがありません(ワタシの中では)。

 放射能が原因で離婚がどうのこうのと日本の新聞には書かれているようですが、ひとつ確かな事は、ベトナム女性ならサッサと分かれるだろうと。それで次の日から天秤棒担いで、行商でも何でもして子供を育てるんじゃないですかねえ。彼女らにとって、妻と子供の身を案じない夫など、


何の価値も無い


のですから。逆に家族思いの夫であれば、夫の収入が少なかろうが妻がその分一生懸命働きますが・・・。

 この事は、ベトナムに在住する日本人であればみなさん同意されるかと。ですから放射能ママと呼ばれようが、別に気にする必要はありません。自信を持って本能に従って下さい。生きる気概の問題です。

 ワタシとしては「なでしこ」のみなさんの力を「脱原発」に向けたら、スグにでも日本中の原発を止められる様に思うんですけど・・・。放射能から逃げ回るより、その方がより現実的に思えるワケですよ。原発が存在し続ける限り、逃げ場など・・・「ノアの箱舟」など無いのですから(・・・と、思ったらありましたmmm!)。


現代によみがえった巨大なノアの箱舟、ついに処女航海へ!




 例によってハナシが逸れましたが、最後に再度祝福を。

女子サッカー日本代表のみなさんっ!

ワールドカップ優勝
おめでとうございます。




でわっ!

2011年7月17日日曜日

原子力湯沸し器でしょ?

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 原子力発電と聞くと、日本人にはヒロシマナガサキに落とされた原子爆弾が連想され、ナンだかもの凄いエネルギーで電気を発電している様にも思えますが、原子力=核分裂で電気を発生させているワケですか?違うでしょ?核分裂の際に発生する熱で、


お湯を沸かしているだけ


だけでしょ?お湯を沸かすためだけに原子力を利用する事に、どうしてそんなに拘るんですかね?不思議だわmmm。

 平和利用?確かに平和利用かも知れませんが、金食い虫である事実を冷静に受け止めるならば、ドンダケ必要性があると言うんですかね?


お湯を沸かすだけ


の為に・・・。

 技術の衰退がドウたら言うんだったら、学術研究レベルや試験炉レベルでもイイんじゃないんですかね?核廃棄物の処分方法や、放射能漏れの除洗や、廃炉時の技術はまだどの国も確立していないワケだから、日本としてはそっちに活路を見出せばイイじゃないですか。アレバみたいに・・・。

 お湯を沸かすだけにしては、あまりにリスクが大き過ぎるんじゃないんですかね?お湯を沸かすだけなら、他にいくらでも方法があるでしょ?なんでワザワザ危険で、しかもお金のかかる発電方法を選ぶのか、原発推進派の人たちの頭の中を覗いて見たいものです。

 石油に代わるエネルギー源として原子力が候補に挙がったのは理解できますが、事前に十分に検討されたんですかね?核廃棄物の処分問題を考えても、ろくに将来のことも考えずに、見切り発車したとしか思えませんわ。政治家も学者も官僚も。

 核の平和利用に反対するつもりはありません。ドンドンやってください。それでみんなが平和に暮らせるなら。で?原発という核の平和利用はみんなの暮らしに平和をもたらしたんですか?将来に渡ってもたらしてくれるんですかね?答えは誰の目にも明らかです。原発事故の影響で自殺者まで出ている現状を見れば・・・


NO!


 たかだかお湯を沸かすためだけにご大層な発電所を作り、わざわざ発電コストを上げ、そのために高い電気代を支払うなんて、みなさん本気?で考えているんですかね?原発なんて止めた方が、電気代も安くなるハズです。将来にわたる維持管理費用を計算に入れれば・・・。なんせ、原発が稼動し続ける限り放射性廃棄物は増え続け、環境にも影響を及ぼし、廃棄物の管理費用も永久に増え続けるワケですから。

 しかも、核廃棄物を管理する場所も日に日になくなりつつあるのが現状なワケで、そうなると・・・


モンゴルに国際的核処分場建設を 東芝が米高官に書簡


なんて事も言い出す始末です。え?国内で管理・処分ができず、国外まで持ち出して処分しようなんて、この上いくら経費を計上する気なんですかね?そういった総経費をひっくるめて、電気代として請求されているワケです。違います?

 そう考えると、たかだかお湯を沸かすためだけに原子力発電が必要か?なんて、スグに答えがでます。普通に労働し、その対価(給料)を得て家計をやり繰りしている主婦とかであれば・・・。ね?

 
お湯を沸かすのに、原子力が必要なのか? 


 当たり前の問いかけです。「脱原発」以前に、「原発不要」なワケです。一節に「エネルギー変換率」で比較すると、火力発電の40%に対して、原子力発電は30%らしいのですが、仮に発電効率が同等であっても、リスクの差が大き過ぎるという事は・・・もうお解かりですよね?当然、全ての原発を今すぐ停止してもイイくらいです。これ以上、無駄な出費を重ねる必要はありません。税金を無駄遣いさせる必要なんて無いのですから。

 そういえば税金はアレとして、「義援金の問題」はどうなっているんですかね?原発事故の影響で自殺者が出ているというのも、セシウムに汚染された牛肉が出回ったのも、農家や酪農家に義援金がまわっていないからでしょ?津波・地震の目に見える被害は対応も即断できるでしょうが、放射能汚染という目に見えない被害は、対応が後回しにされているからじゃないんですか?監督省庁はどこなんですかね?農林水産省ですかね?


でわっ!

2011年7月16日土曜日

政治の根源

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


ひと言で言えば・・・


支配者の奴隷統治が発端。


 上から下への権力の行使は、古今東西、現在に至るまで変わらない。革命下克上の類も、支配者の首が挿げ替えられただけで、上から下への権力システムが変わったワケではない。

 カントだプラトンだと、政治を哲学として語る阿呆どもがいるが、ワタシから見れば「政治哲学」なんぞは、


木を見て森を見ず。


に等しい。ニーチェの「ツァラトストラかく語りき」に現れる、「ヒルの脳髄」を研究する学者の姿そのものだ。

 人間存在の全体観もなく、ただ政治哲学のみを語ろうとするは、「商売哲学」以外の何物でもないとワタシは断言できる。してみれば「商売哲学」の徒がしきりに有名な哲学者の名を引用し、自分の商品=政治哲学とやらに「付加価値」を付けたがる様は、大道芸の「ガマの油売り」とどれほどの違いがあると言うのか。

 今ここに生きているということは、過去全ての「業を背負っている」ということである。過去から現在に至る「歴史的な業」を背負いつつ、世界は回っている。その「歴史的な業」から開放される為には、歴史と向き合う必要がある。そして現代に生きるワタシたちであれば、それが可能であると信じている。

 逆に言えば従来的な「権威」にしがみ付き、世界の実相=真の歴史を無視して、国内にしろ海外にしろ政治を語るなど、盲人が盲人を道案内するようなものである(結果、世界は少しも良くならない)。ローマ法王がなぜ脱原発を口にしたのか?解る人には解るのだが、日本の「政治哲学者」やら「知識人」とやらはどう捉えているのだろうか?ご教授願いたいものである。


でわっ!

萌千家(鹿男番外編)

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 「鹿男」について相変わらずダラダラと調べているのですが、何となく点と点が「線」で繋がりそうな気配です。いろんな資料をWEBで閲覧しているのですが、ワタシが知りたい利権のルーツに近づけるのではないか?と。

 そんな中でたまたま見つけた掲示板が、真偽はともかく興味深かったので、そのまま(若干読み易くしてありますが)貼り付けます。


<貼付>

茶道の歴史

1 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:11:48
千利休から始まる日本の伝統文化の茶道について語りましょ。

2 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:17:14
茶道は利休が初めではない。

村田珠光→武野紹鴎→千利休


3 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:21:51
1名前: そごうφ ★投稿日: 2006/04/05(水) 18:18:02 ID:???
臨済宗の僧・栄西の茶会様式も類似 作法広めた高麗遺民 朝鮮朝の拝仏政策で渡日

草庵茶室の狭小な空間に侘(わび)、寂(さび)の小宇宙を創出する日本の茶道。日本オリジナルと信じられていた千利休に至る日本茶道の確立期に、高麗時代の茶道が大きな影響を与えていた。

また、日本に中国(宋)から茶の儀礼を伝えたとされるのが臨済宗の僧・栄西だが、彼の茶会の様式も、本家の宋のスタイルより高麗の茶礼により似ている。日本茶道の発祥に高麗の茶道が深くかかわっていた事実を検証する。(吉成繁幸)

○茶会王国の高麗時代
韓半島および日本列島に茶が最初に持ち込まれたのは、ともに7世紀から8世紀頃と見られている。『三国史記』「新羅本紀」によると、善徳王の治世(632~646年)に入唐廻使が唐から茶種を持って来て、地理(智異)山に植えたという記載がある。日本でも、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が茶をたしなんだという文書が正倉院にある。これも唐から遣唐使が持ち込んだものだろう。

その後日本では遣唐使の廃止とともに飲茶の習慣は一旦途絶え、再び日本に茶を伝えたのは、平安時代末期、宋に留学していた臨済宗の僧・栄西である。

新羅では飲茶の習慣はその後も盛んで、朝鮮史学者・三品章英氏の『新羅花郎の研究』には、「煎茶が一種の宗教的儀礼として花郎の行事に取り入れられ…」とあり、「花郎茶道」のような儀礼が存在していたことを指摘している。

高麗時代、韓国の歴史の中でも最も飲茶の風習が盛んになる。禅宗の僧侶たちにより宋で行われていた最新の茶道が伝えられ、多様な茶会が行われていた。宮中では茶礼という儀式作法が行われ、文人たちは風流を楽しむ茶俗を、禅僧たちは求道的な茶風をたしなんでいた。ちなみに高麗の茶は、新羅の煎茶に対して抹茶である。



4 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:23:45
栄西が日本に茶を伝える半世紀ほど前、高麗を訪れた宋の使節の日記(『高麗図経』)に、高麗の茶会を記録した部分がある。

そこでは、「高麗式作法では暖かい茶が飲めない、中国にはない1日3回の供茶を行い、茶をとしてありがたがっているだけだ」など、侮蔑的表現で高麗の茶会は宋のものとは似て非なるものだと述べている。ところがこの高麗の作法が、栄西が宋から日本に伝えたとしている茶会の作法に非常によく似ているのだ。

京都五山のひとつ、臨済宗・建仁寺では、栄西の誕生日の4月20日に四頭茶礼という茶会が開かれる。これは14世紀末(室町時代中頃)に書かれた『喫茶往来』という本の記述通りにとり行うもので、栄西の往年の作法をよく伝えているとされている。『喫茶往来』の様式は後に千利休が確立した茶会の様式にも強い影響を与えており、日本茶道の原点というべきものである。

詳細は省くが、茶道具の使用法、茶に対する考え方、茶の飲み方(3回の供茶など)が『高麗図経』に書かれている高麗式作法とそっくりなのである。

栄西は、宋から直接に帰国したのではなく、帰路に高麗に立ち寄り、高麗式作法を日本に伝えた可能性も十分に考えられる。



5 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:24:30

○商人だった千利休
朝鮮朝が成立すると、政府の排仏政策の影響を受け、多数の僧侶や高官、文化人らが追放された。その頃、日本では室町幕府の支配力が弱まり、各地の守護大名が力をつけ始めていた。特に西国の大内氏は非常に大きな存在だった。領土は中国地方の大部分と北九州(貿易都市・博多を含む)に及び、もう一つの貿易都市・堺も支配していた。

大内氏は朝鮮朝との貿易をほぼ独占し、追放された多数の高麗遺民が大内氏を頼って来日していた事実がある。大部分は僧侶や高官、文化人である。今も博多や堺には高麗町が残っているが、そこは彼らの居住地の名残りである。

彼らは祖国の茶会を貿易都市に持ち込み、貿易の当事者である商人にその作法が広まっていった。後に日本の茶道を確立した千利休が武士でも貴族でも農民でもなく、堺の商人であったことには必然的な理由があったのだ。

(2006.4.5 民団新聞)
ttp://mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?page=1&subpage=1178&corner=6
前スレ:立った時刻・2006/04/05(水) 13:00:36
ttp://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1144209636/
優雅な所作の韓国茶道
http://www.mindan.org/upload/443321e7b040a.jpg
韓国茶道・伝統礼節協会日本東京支部長の李瑛子さんによる茶会でのお点前
ttp://www.mindan.org/upload/443321e7b0bd3.jpg

・・・・・というわけで村田とか武野なんとかの出番はない。


6 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 03:26:32
朝鮮マンセースレなら板違いだな。


7 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 04:44:01
茶の湯な


8 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 07:17:05
文献より代々
相承されて来たことが大事なんだよ。


9 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 13:56:29
そうそう 文献なんてあとで捏造できるしね。
韓国にも茶道があったんだろうな。
それを千利休がひきついだ形になってるけど。


10 : 日本@名無史さん : 2006/04/06(木) 19:51:29
韓国にも茶道があるんですね
もっと知りたいな


11 : 日本@名無史さん : 2006/04/10(月) 11:42:07
高麗茶道って2004年に在日が発見したとかいう奴?


12 : 日本@名無史さん : 2006/05/09(火) 03:33:06
あたごした


13 : 日本@名無史さん : 2006/05/09(火) 18:43:26
室町時代に西国の大々名・大内氏に庇護された博多商人と上方の大々名・細川氏を後ろ盾にした堺商人お互いに対抗してた史実があまり語られてないな?

それが次の時代で天下人秀吉の朝鮮征伐に対して基本的に賛成の博多商人vs基本的に反対の堺商人という対立構図になりあの国にも無縁の話では無いんだけど
その辺をボカしていきなり千利休在日説だとか大内氏が堺を支配してたとか説くなよ(一時的に上方にも君臨したが)。

ちなみに博多商人の後援者たる大内氏は百済王家の末裔を自称してたがそれを理由に百済旧領の割譲を李氏朝鮮に要請してる。

後に博多商人は一部例外を除き朝鮮征伐に賛成したがその一因として堺商人・千利休よりも遥かに大内氏の薫陶を受けてたからでは?(もちろん損得勘定が主な理由だろうが)


14 : 日本@名無史さん : 2006/06/16(金) 00:13:27
中国からか


15 : 日本@名無史さん : 2006/06/16(金) 22:34:10
>>5
すげーなぁ。
歴史学者が聞いたら寒気がするような事を真顔で書いてるて感じだ。


16 : 利休の残党 : 2006/06/16(金) 22:43:00
今でも岡山から広島地方へゆくと、「ちゃせん」「ささら(竹作り)」とよ ぶ橋のない川の区域がある。ご想像つくと思うが、弾圧され隔離された利休の残党である。

その後、彼らがなんとか体制側にとり入ろうとして、御用や牢役人をやっていたのは、幕末の詩人菅茶人の旅行記にもくわしい。




17 : ササラ : 2006/06/16(金) 22:48:57
千の宗易こと俗に言う利休の自決後、その木像を八付にかけた後、その一味のササラ衆を部落に追い込んだのが茶せん部落で、華やかな茶の湯とは裏はら。



18 : 八付 : 2006/06/16(金) 22:51:58
「ハリツケ」といって木へくくりつけ殺すのでも、縄でくくりつけて槍でブスッと一気に仕止めるのは、「張付」というが、「手足を五寸釘でうちつけ、採取した昆虫のようにピン止めにして、カラスがつつくにまかせ、放っておいてじわじわ殺す」のは、「八付」という。千宗易が戻橋で殺された時は、木像が身代りに釘づけだったから、「八付なり」と仙台鈴木文書の記録にある。



19 : ただみたいな竹で作った物を高値に売り : 2006/06/17(土) 12:34:23
足利時代から卓を囲んでの茶は、中国渡来の唐茶で、道具類もみな明国の舶来品に限られていた。

それなのに、堺の皮屋松屋らが始めだした新しい茶湯を、千の宗易が引き継ぐに当たって「ささら衆」と呼ばれるヤ衆の者らに、竹細工で茶筅、なつめ、花挿し、まで作らせて売り捌きもした。

だから茶道具商売の者らが、「ただみたいな竹で作った物を高値に売りおっが、死ねば儲けもふい、利は休みじゃろう」と冷やかして死後に付けた渾名らしく、「名利共休」とか「名利頓休」等と苦し紛れの引用もされるが、これらはみなこじつけにすぎない。


20 : 茶道具で儲ける商売人 : 2006/06/17(土) 12:36:07
世界に比類なき宗教的とも言える日本独特の家元制度。
それは茶道具で儲ける商売人や、その御抱え歴史屋が結託して、
勝手に虚像を開祖にして神聖化しているだけの話しである。


21 : 部落民 : 2006/06/17(土) 17:32:23
「児島郡郷内村林にては、二季の彼岸にシキミを各家に持参して戸口又は軒頭に掲げて、志しの米銭や盆の内にのせられたものを受く

「都窪郡加茂村大新庄字岩崎にても、二季の彼岸にシキミを各自にて持参して米や銭を受く

「同郡庄村下庄にては、年頭に夷・大黒を配札し、彼岸・中元にはシキミを届ける」

「吉備郡穂井村大字陶字東山、後月郡木之子村岩ヵ市にては、シキミ茶せんを各家の軒頭に掲げて札として米や銭を受く

と、千の宗易こと利休の残党が部落民にされていたことをとく。



22 : 茶柱博奕 : 2006/06/17(土) 17:36:08
足利期では「書見台子」などと勿体ぶっても、しょせんは賭奕、蓋をとって茶柱が立っているのが勝ちという賭茶。各寺で開帳して一割づつの布施をとったのが,バクチの寺銭の起源。そして、『花園天皇記』『師守記』にもあるし、『看聞御記』には、親王さまが一茶やるべえとギャンブル通いをなさった記載さえある。今日の「イッチョヤルベエ」の語源である。

が、庶民は寺へ入って賭けられぬから門前の店で丁半ならぬ茶柱博奕をやった。つまり腰掛けるから掛け茶屋となったのは後年で、賭け茶屋が起りである。

これに対して神祗側でも、儲かるならと、赤い唐茶は仏教側ゆえ青茶を考案して、その混合がトガノオ産と他との割合を当てさせる「本非」とか「四種十服の勝負」といったのを始めたが、寺側のように固定客層がいないから、八坂神社あたりは弦召とよばれる下人が客引きに加茂川べりまで出かけた。

これが今日でも使われるポン引きの語源だし、加茂で拾ってくるゆえ、「カモ」と上客をよぶのも今なお残っている。


23 : 儲けるためには真実の歴史は何もない : 2006/06/17(土) 17:39:31
寺の都と呼ばれる程、京では各宗の寺が多い。観光バス廻りの現代では、石庭とか山門や色んな見せ物で拝観料をとって収益をあげる。

しかし昔は、暇にまかせて筆のたつ坊さんが、もっともらしい由緒書を作ったり、空地に有名人の墓をたてて檀家や参詣人の布施を狙った。


仏教嫌いで、武田攻めでは生きながら僧侶をみな殺しにしたり、竹生島で寺詣りをした待女たちを憤り並べて手打ちにし、「終生、復興まかりならぬ」と比叡山では僧俗一人残らず全山の者を殺掠した信長の墓が、京花園妙心寺にあるのでびっくりしたが、観光客呼び寄せに、座頭市の墓を笠間にたてるのと同じで、儲けるためには真実の歴史は何もないのが日本人の国民性であるらしい。


24 : 心ある歴史家は問題にもしていない : 2006/06/17(土) 17:41:02
茶せん髷をたてた信長が仏教嫌いであったように、利休こと理休も反仏であったことは間違いない。

となると、各寺にある利休関係の由緒書は、いくら国学院教授のお墨付きでも真偽は問えない。

だから茶人に尊重される<南方録>のごときは、常識をもってみるなら噴飯ものである。

「茶湯」を由緒あるものにするための、その途ではバイブル扱いであるのは、道具の型録にコジつけだけ。

よって本当に心ある歴史家は問題にもしていない。


25 : 非衛生的であると外人には嫌われる : 2006/06/17(土) 17:42:36
コーヒーや紅茶と違って、泡消化器や粉石鹸に入れる泡の原料のポエムや硫酸ナトリウムの加工物を入れる抹茶は、非衛生的であると外人には嫌われる。

日本に来て活花を習うのはいても、抹茶をやるのは絶無である。



26 : 茶湯の起源 : 2006/06/17(土) 18:23:14
茶湯の起源は、今いうような高尚なものではなく、初めは賭奕。後には忠誠心テスト用で、現代では花嫁修行と恰好よくなっている。

硬質陶器のノリタケチャイナが出来たのは明治になってからで、ただ土をこねたきりの信長や秀吉の頃の茶碗が、地震国の日本にも多く残っているというのは眉つばものだが、道具商とか御用歴史屋が各派の家元と組んで、もりたてて今日に至っているのである。

日本では歴史は真実を追究するものではなく儲けの道具。



27 : 近年偽書であることが確実となった『南方録』 : 2006/06/17(土) 18:24:20
『南方録』(なんぽうろく)は、博多の立花家に千利休の秘伝書として伝わった古文書である。

研究者の間で高い評価を得ていたことから、重要資料として現在の「わび茶」の概念の形成に大きな影響を与えた。

近年偽書であることが確実となった。



28 : 千利休 : 2006/06/17(土) 18:25:46
千利休
家は洩らぬ程、食事は飢えぬ程にて、足る事なり



29 : 吉良上野介 : 2006/06/17(土) 18:27:50
吉良上野介といえば芝居の仇役だが、今日の茶湯を考えたのは彼である。

千宗恩の連れ子の少庵が跡目をつぎ、その子の宗旦、宗佐と続いたが、仏教を国教にと神仏混合令をだして徳川綱吉の代になると、反仏派の千家では困る。

そこで後西帝を退位させ幽閉した時に京の公家達へ、妻三姫の実家上杉家の金をまいて人気のある彼へ、柳沢吉保が体制側の茶道を作らせた。

それまでは青茶だけを服用するのだったのを、甘味を初めに口中へ入れて胃壁に防幕を作り、ゆっくり三口半に啜って、残りの甘味を胃へ送りこんで中和させるという、絶対安全な喫し方を考案したのも吉良だし、千宗易の血統という千宗室を探してきて、今日の裏千家を創立させたのも上野介である。


30 : ワビ、サビの由来 : 2006/06/17(土) 18:37:36
ワビ、サビの茶として権威あるものとされる。が、虐げられ続けた原住民が、悪党と罵られながらも武者働きして、一城の主になったり、商人として成功し、店の一つも持てる身分となった。

祖父や曾祖父の頃までは山間僻地で苦労してきた、その頃を忘れぬように反省し互いに協力し励まし合うため、侘びしく静かな、先祖を偲ぶ寂しい茶湯。

この精神がワビ、サビの由来である


31 : 忠誠テスト : 2006/06/17(土) 18:40:28
戦国の世である。

かっては忠誠を誓い、長子新五郎に信長の重臣明智光秀の長女を貰い受けた荒木村重でさえ、美童の万見仙千代を信長が奪ったとなると、叛乱してくる時勢である。

「いくら血判を押させたり、神祇誓文を呑ませても口先だけの忠誠など信用 できぬ」と信長は茶室から逃げ出さぬようにし「にじり口」と呼ぶ狭い出入り口を考案して、忠誠を申し出て来る者らを集めると、「わしが点てる青茶を服すがよい」と試験をするのに応用した。


32 : 死の儀式 : 2006/06/17(土) 18:43:10
古今東西木の葉は植物で、茶の葉も摘んで干して日が経てば枯れて黒ずむものである。

だから眼前の青茶を見て(銅鍋にわく緑青でも混ぜなくてはこう青黒くなるものではない。

うかつに一気に飲みほしたら腹が痛み出しておっつけ死ぬかもしれんぞよ)と皆怖じ気を震い、ゆっくり三口にも四口にも分けて服用した。

つまり茶席が今も厳粛なのは、死の儀式でもあったからである。


33 : 「秀吉と利休」 野上弥生子  : 2006/06/17(土) 19:00:23
あるとき利休が宴席でふと漏らした「唐御陣が明智討ちのようにいけばでしょうが」の言葉を、日ごろ利休の存在を快く思っていなかった石田光成は、朝鮮出兵に反対する傲慢な意見として、これを咎めだての材料にと考える。



34 : 「本覚坊遺文」 井上靖 : 2006/06/17(土) 19:08:28
利休師匠が自刃してからというもの、主人公の本覚坊は茶の湯の表舞台から引き下がり、修学院の奥地でひっそりと暮す毎日なのである。

それは今だに利休の死を受け入れられなくて、師にゆかりのある人々との関わりも疎ましく感じるせいでもある。

利休が秀吉に自害を命じられたということにはいろいろな噂があって、「茶の湯の第一人者として、秀吉にいたれりつくせりしてもらった恩に対して調子に乗り過ぎた」「大徳寺の山門事件(利休像を大徳寺の山門に置いた事件。実際は弟子の1人の仕業のようだ)」

「茶器の売買問題(茶器を高値で売り付けた事件。なんつっても、侘数寄の価値はわかる人にしかわかりませんし‥)」

「秀吉の朝鮮半島出兵に反対する人と通 じているという噂」などなど、

結局は茶匠として力を持ち過ぎたことが原因で、自害へおいこまれたのではないか、というのが有力説。


35 : 「利休殺しの雨が降る」 八切止夫 : 2006/06/17(土) 19:18:29
資力や人望からみても、レジスタンスの指導者利休こと宗易が反乱軍に担がれるものと秀吉は見たから殺したのだし、妻の宗恩が蛇責めの拷問で死んだのも、今で言う地下組織を白状させようためではなかったかと


36 : 吉良上野介 : 2006/06/17(土) 19:23:01
まだ知らぬ人も多いが、「茶」ではなく抹消の「抹」をつける抹茶に関しては今でも厳然として吉良に権利があって、「転茶」とか「天茶」と称する混合する為の製品は、現代でも三州の愛知県西尾町吉良が出荷権を握っていて、各地の茶問屋は吉良から仕入れねばならぬ不文律が業界では定まっている。
 
なにも吉良上野介が生前に善政をしいたから三河では「忠臣蔵」の芝居を上演させないのではなく、現代でも抹茶の利益で儲かっているから吉良さまさまなのである。


37 : 日本@名無史さん : 2006/06/18(日) 10:55:53
空想?


38 : 日本@名無史さん : 2006/06/18(日) 11:20:57
八切信者のコピペウザイ。


ttp://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1006


39 : 日本@名無史さん : 2006/06/29(木) 21:39:26
本当だな


40 : 日本@名無史さん : 2006/06/29(木) 21:50:38
>>1
利休から始まるなどと書いている時点でダメだよw


41 : 日本@名無史さん : 2006/07/09(日) 13:31:14
だな


42 : 茶道の歴史 : 2006/08/10(木) 19:41:49
茶を飲む習慣と茶の製法は平安時代に遣唐使によってもたらされた。当時の茶は現代の烏龍茶に似た半発酵茶で、必要量のみを煎じて飲んだと考えられている。しかし、当時は根付かず喫茶は廃れてしまった。

鎌倉時代に、日本に禅宗を伝えた栄西や道元によってとして持ち込まれた抹茶が、禅宗の広まりと共に精神修養的な要素を強めて広がっていった。さらに茶の栽培が普及すると茶を飲む習慣が一般に普及していった。

室町時代においては、飲んだ水の産地を当てる闘水という遊戯から、闘茶という、飲んだ茶の銘柄を当てる一種の博打が流行した。また、本場中国の茶器「唐物」がもてはやされ、大金を使って蒐集し、これを使用して盛大な茶会を催すことが大名の間で流行した(これを「唐物数寄」と呼ぶ)。

これに対し、村田珠光が茶会での博打や飲酒を禁止し、亭主と客との精神交流を重視する茶会のあり方を説いた。

これがわび茶の源流と成っていく。


43 : 茶道の歴史 : 2006/08/10(木) 19:42:35
わび茶はその後、堺の町衆である武野紹鴎、その弟子の千利休によって安土桃山時代に完成されるに至った。

利休のわび茶は武士階層にも広まり、蒲生氏郷、細川三斎、牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、芝山監物、高山右近ら利休七哲と呼ばれる弟子たちを生んでいく。さらにはわび茶から発展し、小堀遠州、片桐石州、織田有楽ら流派をなす大名も現われた。

現代では特に武家茶道と呼んで区別する場合もある。


44 : 岡倉天心 : 2006/08/25(金) 18:47:56
アメリカのボストン美術館に迎えられていた岡倉天心は、東洋の小国を外国人にも理解してもらおうと「THE BOOK OF TEA」を明治39年英文で刊行しました。茶を中心とした日本の文化と、日本人の美意識と精神を説いたこの書物は、今も広く読まれています。



45 : 日本@名無史さん : 2006/10/09(月) 01:23:26
>>3-5
つまり、高麗時代まであった半島文化は李朝で一気に荒廃した。

日本の茶は
薬→お遊び→教養
か。


46 : 日本@名無史さん : 2006/10/22(日) 19:28:14
つまり知的趣味って事だね


47 : 流派 : 2006/11/05(日) 14:38:05
茶道界には流派が如何ほどあるかご存じであろうか。流派・家元を名乗るのは自由であるから、きっと無数にあるのだろう。

嘘八百並べて自分で勝手に流派を作り、講演までして嘘がばれ、詐欺で捕まりそうになった自称家元もネットの中では有名である。

未だに「侘び茶に流派など入らない」といって、我流を通すバカもいれば、かってに宗名なのる強者もいる。

利休から受け継ぐ流派と我々の耳に入りにくい流派でも歴史ある流派がいくつかあるので紹介する。



48 : 流派 : 2006/11/05(日) 14:39:33
表千家
裏千家
武者小路千家
藪内宗家
遠州茶道宗家
小堀遠州流
遠州流別家
林義牧派遠州流
玉川遠州流
茶道宗偏流山田家
宗偏流時習軒
宗偏流四方庵
宗偏流正伝庵
松尾家
久田家高倉
久田流
堀内家
大日本茶道学会
三谷流
速水流
江戸千家宗雪
江戸千家閑雪
江戸千家渭白流
表千家不白流
表千家都流
都千家
宗旦古流
不白石塚流
千家表流不白派
表千家不白流宗家



49 : 流派 : 2006/11/05(日) 14:41:00
石州流茶道宗家
石州流伊佐派
茶道石州流宗家
古石州流
石州流片桐宗猿派
石州流清水派
石州怡渓流
石州流嘉順派
石州流野村派
石州流野村休盛派
石州流大口派
石州流茶道宗猿系
石州流不昧派
石州流不昧派風声会
石州土佐清水派
石州流宗元
不昧流
鎮信流
豊田家
志野流
庸軒流藤村正員派
庸軒流宗積諦観派
庸軒流宗積中軒派
庸軒流近藤柳可派



50 : 流派 : 2006/11/05(日) 14:42:22
上田宗箇流
宗和流
御所流
有楽流宗家
有楽派実相
有楽流
貞置流
御家流
織部流
織部流扶桑派
三斎流
細川三斎派
茶道珠光流
武野綜宗家
茶道南坊流
小笠原流
小笠原家茶道古流
茶道古市古流
小笠原流茶道静泰古流
熊本古流古市家
熊本古流小堀家
熊本古流萱野家
細川御流
南方流
利休流



51 : 日本@名無史さん : 2006/11/14(火) 01:28:02
啓草社が茶湯手帳を来期以降発行しないらしいよ。


52 : 日本@名無史さん : 2006/11/14(火) 11:14:50
いらね


53 : 日本@名無史さん : 2006/11/14(火) 16:55:07
都千家 w


54 : 日本@名無史さん : 2006/11/15(水) 04:08:05
朝鮮から茶道が日本に伝えられた時期は室町後期と見ていいかな


55 : 日本@名無史さん : 2006/11/15(水) 10:17:02
秀吉が奪ったみたいなのでそれは間違い


56 : 日本@名無史さん : 2007/01/20(土) 02:38:37
いや正しいよ


57 : 日本@名無史さん : 2007/01/24(水) 22:37:29
87 :マンセー名無しさん:2005/10/08(土) 02:47:43 ID:KDfVcHPI
外国の市長たちの茶道体験  記事入力 : 2004/06/15
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/06/15/20040615000037.html
> 15日から3日間、江原(カンウォン)道・江陵(カンヌン)で開かれた
> 国際市長団会議の参加者が鏡浦台(キョンポデ)の東屋で茶道を体験している。


http://japanese.chosun.com/site/data/img_dir/2004/06/15/200406150000371top.jpg

これ、ただ単にお茶会を開いてるだけにしか見えない。

頼むから「茶道」という言葉を使うのは、もうやめてくれ・・。


58 : 日本@名無史さん : 2007/01/24(水) 22:48:30
日式茶道って百済からのパクリーだよ
もう認めるほうがいいと思う日式はオリジンではないさ


59 : 日本@名無史さん : 2007/01/25(木) 01:39:21
http://www5.ocn.ne.jp/~torikai/church-etc/mametisiki/christianity023.htm
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%C3%E3%C6%BB%A1%A1%A5%AD%A5%EA%A5%B7%A5%BF%A5%F3&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1

千という字を分解すれば、十字架の利休さん。



60 : 日本@名無史さん : 2007/03/07(水) 22:03:04
利休自刃の後、妻の宗恩は「蛇責め」の拷問によって悶絶死、とある

すごい時代だったんだね

ちなみに柳宗悦の文献には、茶の湯を生業として華美なものにし、禅思想から著しく離れた大本として利休を堕落の始まりと説いている。

特に道楽によって意図的にゆがめて作らせた楽茶碗を禅思想から離れた邪道とし、織部に至っては、ゆがめられた茶道をさらに発展させ、今日の堕落の原因を作ったと。

生け花にしろ茶にしろ、女の花嫁修行の手慰みとした原因がすでにここにある、と。

やはり正式に茶の湯を理解すると、禅思想抜きにはありえない。

名物にしろ、初期の無名のものの中に新たな美を発見するのが美意識であるのに対し、先人によって選ばれたという箔がないと賞賛しない眼力のない「師承」によって型だけが歪んで伝承された、と。

第一、代々家元が世襲性という封建制度をとっているのが何よりの愚の骨頂であるとし、生け花にせよ、こうした歪んだ現代の茶道は本来のものではない、としている。


61 : 日本@名無史さん : 2007/03/07(水) 22:27:11
裏千家や表千家 立派な家です。


62 : 日本@名無史さん : 2007/03/08(木) 01:09:43
>>61
優れた眼力の持ち主の子孫が必ずしも優れた愛弟子よりも確かか?
それにも拘わらず代々世襲性というシステムがおかしい、というもの。
会社や国家と考えればわかりやすいんじゃない?
道は個人や家族のものではない、というね。
私も真の茶道を思えば柳宗悦の意見に同意する。
ま、それで成り立ってるのが今の茶道であるならば、きれい寂びをも越えた
現状のお師承サマと弟子の寄り合い豪華金粉主義には興味わかないなぁ。


63 : 日本@名無史さん : 2007/03/11(日) 21:10:47
どうでも良いけど、裏千家は覚えること多くて大変


64 : 日本@名無史さん : 2007/03/14(水) 04:18:04
茶道の家を新しく起こして良いのかな
萌千家とか

</貼付>


長々と貼付けましたが、面白かったでしょ?「茶の世界」もやっぱり「村社会」なんだろうなmmm。「歌舞伎の世界」と一緒で。そんな中のひとつに「原発村」もある。・・・と。


でわっ!

2011年7月14日木曜日

99の嘘とひとつの真実・・・もしくは99の真実とひとつの嘘

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 インターネットがワタシたち庶民に多くの情報を与えてくれるツールであることは何度も言いましたが、情報が多過ぎると判断に迷うのも事実です。情報を判断、分析するには自分自身の基準を持っていなければなりません。・・・ですよね?その基準が大きく変わろうとしているのが、現在の世界の状況だと思うワケです。

 簡単に言うと、今までは「指導者」と呼ばれる人たちが「基準」を作り、ワタシたち庶民は彼らの作る「基準」に従っていれば良かったワケですが、まあ、例の「リーマンショック」以降、「指導者」と呼ばれる人たちがどれだけイイカゲンな事をしていたかが、みんなにバレてしまったワケです。ついでに「指導者」と呼ばれる人たちに付随する、御用学者、御用マスコミ、御用知識人の存在も。

 TVなどに出演している「御用知識人」の意見を自分の意見の様に思い込み、それで毎日が平穏に続くと「錯覚」していたのが、「リーマンショック」と「原発事故」で見事に幻想が吹っ飛んでしまったワケです。そうなると、自分の中で新たに「基準」を再構築しなければなりません。

 「自由主義経済」だとか、「グローバリズム」だとかの潮流に乗っていた世界的な「金融政策」が、「リーマンショック」を機に「どうもオカシイぞ?」とみんなが気付き始めたからこそ、「自民党」から「民主党」への政権交代が実現されたワケですよね?あの時点でみんなが自己基準の再構築を一度体験しているワケです。そして今回の「原発事故」では、今までずっと安全だとされていた「基準」が全くの「嘘」であることを身をもって知ったワケです。

 洪水の如き情報に対して「揺ぎ無い判断基準」を持つことは、情報の受け手側にとっては「プロ」であっても至難の技です。ましてや、ただの庶民に過ぎないワタシたちにとっては。


99の嘘の中にあるひとつの真実。

99の真実の中にあるひとつの嘘。

  
・・・を見分けるのは非常に困難です。往々にしてワタシたちは、「99の真実の中にあるひとつの嘘」を語る人の方に流される傾向にあります。あの人は、あの評論家は、あのタレントは、いつも正しいことを言うから嘘はつかないだろうと、自分で判断することを放棄しがちになります。その方が「楽(ラク)」だから。

 しかし、ワタシが思うにより悪質、より狡猾なのは、「99の真実の中にひとつの嘘」を混ぜる輩です。庶民を油断させ、肝心な局面で庶民を謀るのはそういった輩なのです。

 で、そういった輩に謀られない、騙されないためには、やはり考える事を止めてはイケナイのです。100言ったことの中から、99の真実とひとつの嘘を、「是は是。非は非。」として見分けるために。その判断基準としてワタシは、原理、原則に沿っているかを吟味するワケですが、


健全な社会無くして経済発展などない。


・・・もそうですし、


よい土地さえあれば何度でも復活できる。


・・・もそうです。


 全ての人間は、陸上で生活するように体が出来ています。こんな当たり前の事実。こんな動かし様の無い事実。陸上で生活するのなら、陸である土地、生活圏である土地(縄張り)を守るのは、生存本能のある動物であれば至極当然の行為です。そしてそう思え、納得出来るのは、人間に理性がある証拠です。

 「よい土地」を守るために理性、知性を存分に活用する方が「人間として正しい道」だとワタシは信じます。そこに「経済」だとか、「国防」だとか、様々な不純物が混入してきますが、人間が不完全な存在である以上、不純物が混入するのは仕方の無いことでしょう。その不純物をも引っくるめて尚、優先されるのは「よい土地」を残すことだと。

 「よい土地」がある>生活圏が確保できる>社会(生活圏の集合体)が構成される>経済活動が拡大する>「日本」という単位の生活圏、経済圏が確立される>諸外国との外交・貿易に進展する。

 基本的な流れは上記の様だろうと、ワタシは理解しています。故に最初の・・・「よい土地」を守るという意識が出発点(原点)になるワケで、その意識を「愛国心」と呼ぶのなら、ワタシは所謂「右翼」と呼ばれる部類に入るのかも知れませんなあ。 


でわっ!

2011年7月13日水曜日

まだ甘いなmmm

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 故忌野清志郎氏も、草葉の陰で喜んでいるかと。


<転載>

首相、「脱原発依存」を正式表明
2011/7/13 18:12

 菅直人首相は13日夕の記者会見で、今後のエネルギー政策について「これからは原発に依存しない社会を目指すべきと考えるに至った」と述べ、「脱原発依存」を目指す意向を正式に表明した。「計画的、段階的に原発の依存度を下げ、将来原発がなくてもきちっとやっていける社会を実現することが我が国の目指す方向だ」とも語った。

Web刊日本経済新聞

</転載>


素晴らしきこの世界
作詞・作曲: 真心ブラザース 歌・アレンジ: 忌野清志郎




 いずれにしても、まだ「脱原発」に向けてスタート地点に立ったに過ぎず、気を緩めると「ドミノゲーム」みたいにパタパタパタっ!・・・と、情勢が逆転することもあります。まだまだ「原発」に固執する人たちがいることを、くれぐれも忘れてはなりません。

 「脱原発」に向けて揺ぎ無いコースを進むためには、ひとつに、「原発」は本当に必要なのか?を再検証しなくてはなりません。つまり「原発」が無いと、本当に電力が賄えないのか?・・・を。最終的に必要なのは電力であり、別に「原発」が最終的に必要なワケではないことを、皆が再確認する必要があります。

 つぎに環境に対しての影響です。安全性は言うに及ばず、発電の過程で生成される核廃棄物の処理。「夢の島」のように東京湾に埋め立てればイイというワケには行きません。現状ですら何万年分もの核廃棄物を、日本のみならず原発を所有する各国が保管?しているワケです。中国は?韓国は?どう保管してるんですかね?まさかウイグルとかチベットに捨てているとか?失礼かもしれませんが、中国や韓国が日本以上に厳重な体制で核廃棄物を保管しているとも思えませんので・・・。

 毎年ゴビ砂漠からの「黄砂」が降りますが、核実験場だったワケでしょ?ま、当然中国の・・・例えば北京あたりは黄砂で大気が黄色くなる程ですが、大丈夫なんですかね?中国の庶民は?

 コストの問題もあります。「原発は発電コストが安い」というのが推進派の根拠のひとつとしてありますが、原料から発電後の廃棄物の処理までのトータルコストだとどうなるんですかね?先に述べたように核廃棄物は無害化が出来ず、この先何万年も「管理」し続けなければならないワケです。その、何万年か何十万年か何百万年か知りませんが、途方も無い未来までの「管理費用」なんて計算しようが無いハズで、つまり「原発」の発電コストが安いなど、まったくの「嘘八百」だと子供でも解ります。・・・であるならば、「原発」以外の方法で電気を作る方が理に適っています。

 そこで「自然エネルギー」が今更ながら注目されるワケですが、「自然エネルギー」の弱点は「局所的」だという点にあります。風の吹かない所では「風力発電」はできません。晴天日の少ないところでは「太陽光発電」はできません。水の無いところでは「水力発電」はできません。・・・が、それを逆に見れば、その土地の気象特性や地理特性を生かした発電方法もあるということです。

 それに、ひとつの発電方法に拘る必要はありません。それよりも分散型のエネルギー形態(発電)を推し進めた方が、天災などに見舞われた場合のリスク管理として有効です。ひとつの電力網から全ての工場が電力の供給を受けていた場合、その電力網が機能不全に陥ったら全ての工場が操業停止を余儀なくされます。しかし各工場が独自に発電設備を備えていれば、生き残った工場は操業を続けられ、生産力の極端な低下に起因する経済の混乱を、多少なりとも緩和することが可能です。

 ま、ワタシたちの先祖は、この自然災害の多い日本という土地を選んで生活圏と定めました。それを今更嘆いてもはじまりません。それに、確かに日本は自然災害が多いにしても、その分を補って余りある素晴しい四季の自然があります。この日本という土地と共棲する為のより良い方法を模索するのが、現代を生きるワタシたちの役目ではないでしょうか?


でわっ!

2011年7月12日火曜日

ネ<苫べっち・・・降臨!>申

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


いきなりで、アレですが・・・


緊<拡散希望!>急


<転載>

2011年07月12日01:18 カテゴリ
金融監督当局は、日本赤十字社などの寄付金引受銀行口座に入金された資金を源泉とする貸出金の創出を、震災地域対象の貸出金に限定する規制を速やかにせよ。

 一昨日、日本赤十字社の震災義援金入金銀行口座(3メガバンクとゆうちょ銀行)への入金額2603億円のうち1740億円がまだ分配されていないことを書いた。この運用益は4ヶ月で少なく見積もって20億円と書いたところ、受け入れ銀行口座は普通預金であり、金利は低く、ゆうちょ銀行に関しては金利のない当座預金ではないかとの質問があった。

 この数字は、平均元本 2000 億円として年利3%として、4ヶ月で20億円ぐらいという暗算をしただけの数字で数字そのものにこれといった根拠はない。ただ、通常、基金のプロの財務担当者は資金をそのまま当座や普通預金においておくはずがなく、元本を確保した上でも最低このくらいの運用はできているだろうという数字だ。

 ただ、話題にすべきは、この日本赤十字社そのものの運用益の使途もさることながら、準備預金制度ならびにデリバティブにより新たに創出される資金の行方である。つまりメガバンクの預金口座に入った後に、その預金残高をレバレッジに生み出されるマネーサプライの行方である。

 ここでデリバティブについてはとりあえず話題にしないで、純粋に銀行が生み出すマネーサプライだけを考えてみる。BIS規制では銀行の資金創出倍数は12.5倍であるが、新BIS規制などで、邦銀の現在の実質創出倍数は8倍程度である。

 つまり2603億円の預金口座残高があれば、2兆824億円の貸出し資金が既に創出されているということである。通常の企業向け貸出し金利の4%程度で貸出しするなら、年間ベースで832億円、この4ヶ月で277億円の利益が銀行システムの中で既に生み出されているはずである。実際のところは、邦銀は外資系銀行と組んで既にデリバティブ取引で遥かに稼いでいるはずである。

 つまり日本赤十字社を通じた国民の義援金で既に銀行は荒稼ぎしたはずである。メガバンク全てが稼いでいる訳だから、メディアも経団連もその支配下にあるわけだから、日本赤十字社からの義援金の配分が遅れていることが一時話題になっていたのが、何時の間にか、テレビで義援金配分委員会が配分に困っていて時間が掛かっているなどの言い訳番組は作られても、批判する大メディアがないのは当然といえば当然だ。

 問題なのは、この4ヶ月間に本来被災者に行くべき義援金元本とそこから生み出されたマネーサプライが、配分を待つ間に銀行経由で海外のデリバティブに投資されていることはまず間違いないということだ。これは徹底的に当局が禁止すべきである。義援金は私たち国民が、被災者に渡すお金であり、被災者に渡るまでは、寄付者のものであり、義援金受入機関や銀行がその資金の所有者のように振る舞い、金融システムにより期間の利益を享受してはいけない。

 2603億円の被災者の資金が4ヶ月間凍結されてきたのは、どう考えてもおかしい。正直、金融システムの関係者たちがわざと遅らせているとしか思えない。金融監督当局は、各銀行に立ち入り検査してでも、これらの資金の運用状況を国民に明らかにすべきである。

 また、金融監督当局は、義援金を元本にして、銀行が準備預金制度により創出する貸出し金を、被災地への貸出しのみに厳しく限定すべきである。上に述べたように2603億円の日本赤十字社管理下の口座にある預金残高だけで、2兆円の貸出金が本来、東北地方に出来ているべきである。

 繰り返すが、義援金は、被災者のものである。一時的に日本赤十字社などの銀行口座を通しているだけである。その資金の分配ならびに運用と運用益の使用法は被災者と寄付者のみが決めることであり、日本赤十字社や銀行が権限を持つことがあってはならない。

 寄付金や義援金を震災被災者向けに集めている機関は他にも色々あるが、受け入れ口座に入金された途端に自分のお金のように振る舞う行為だけはやめてもらいたい。


PS 更にマクロなスケールで言うならば、私の周囲の義援金寄付者のパターンを見ても、物品の購入や旅行、交遊費などの消費支出を削っての寄付が大部分だ。それが被災者にすぐに渡り、消費活動に速やかに供されるならばいいが、日本赤十字社での例のように四ヶ月というスケールで金融機関で寝かされているならば、その間、もともとは消費に回っていたはずの資金が実態経済に貢献せず、不況の足を引っ張ることになる。義援金名目で経済から吸い上げられた資金が速やかに消費に回らないならば、経済を悪化させ、被災者をかえって苦しめることをよく理解されて、速やかに義援金を配分されることを強く要請する。

</転載>


 おいおい・・・。言葉を失ってしまいますな。そこまで腐ってますか?で、こういった資金を野村ホールディングスとかが流用しちゃうワケ?地元住民を無視して。

 ま、苫べっちは胡散臭いと前にも書きましたが(チベット仏教の阿闍梨がドウタラ・・・)、それはそれ。これはこれ。是は是。非は非。・・・です。これが事実であれば、義援金を弄ぶ・・・


トンデモナイ裏切り行為


ですなっ!菅首相の被災者対策が悪いと不信任案も提出されましたが、当然ながら菅首相一人で全てに対応できるハズもなく、周辺のスタッフが動かなければ何も進展しないワケで、その周辺のスタッフが苫べっちの告発のような体たらくだとしたら、被災者の救済が進まないワケですな。日本国内なみならず、海外からも多額の義援金が送られてきています。事実の早急な究明を望みます。

でわっ!

2011年7月11日月曜日

前原議員、脱原発宣言!?

 このたびの「東日本大地震」にて被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


 ワタシのお気に入りのひとつである「田中宇の国際ニュース解説」、情報ソースとして昔から見ているのでリンクを残してあるワケですが、氏の分析に同意することは正直、あまりありませんでした。盛んに「隠れ多極主義者」なる言葉を連発していましたが・・・。

 それでも「独自の視点」からの氏の分析は、全体の情報を整合させるには重要な「カギ」のひとつには違いなく、現在は有料化されてしまった氏のサイトですが(ワタシは有料購読してませんが)、現在、氏が何に注目しているかを知るイミで、そのままにしてありました。で、ひさびさに無料記事が出たので読んでみると・・・


日本も脱原発に向かう
2011年7月8日  田中 宇


 いやmmm前原さんが、アメリカの意向を汲んで「脱原発」を考えているとは知りませんでした。それが事実なら、菅首相と意見が合うハズなんですが?そもそもアメリカが「脱原発」だとする根拠は何ですかね?もっとも、日本に限ってアメリカが脱原発を推進するならハナシは簡単です。日本が放射能汚染されてしまったら・・・


在日米軍が駐留できなくなる。


そのことは取りも直さず・・・


安保マフィアの死活問題


にもなりますから・・・。

 アメリカが・・・というより、安保マフィアが、自分たちの都合で「脱原発」を口にし出したのであれば、十分に理解出来ます。現在の国民的な「脱原発」機運に便乗すれば、自分たちの目論見は目立ちませんからね。

 しかし、「今の日本では、原発事故に対する国民の不安が煽られる構図ができあがっている。」という下りはいただけませんなあ。原発の実態を隠そうとする意図すら匂いますわ。

 確かに安全性に不安を持っているのは事実です。が、事故云々の安全性の他にもうひとつ忘れてませんかね?


使用済み核燃料の問題


スルーして、施設の安全性の問題だけに目を向けさせようとしてません?


モンゴルに国際的核処分場建設を 東芝が米高官に書簡


 いまや「核廃棄物」の処理問題は世界的な問題です。どの国だって、他国の核廃棄物の捨て場所になるのは真っ平御免です。現状、「核廃棄物」の処理方法(無害化)が出来ない以上、「核廃棄物」は日々増え続け、やがてその処理を巡って、今回の「モンゴルに国際的核処分場建設」のような、トンデモない身勝手な事を言い出す輩が増え、それが国際紛争の火種にだってなりえます。ストレステストで安全性を確認など、実はどうでもいいことなのです。何度でも言います。


全原発の即時停止


が、自らの生活圏を守る上で、現在の最適解なのです。よしんばそれが「安保マフィア」の思惑に沿う形であったとしても、「安保マフィア」は「安保マフィア」で、後からジックリ料理してやればいいんです。その為にも「よい土地」を残し、体力を温存させておく必要があるのです。更なる独立闘争に備えて。


日本の完全独立

 
・・・という目標に向かって。

 その為には、例え一時的に経済が萎縮しようと、節電で不便を強いられようと、「ここで踏ん張らねば。」と思う次第です。はい。

 まあ、原発に限っては、日本もそうですが世界的規模の問題になるワケです。「FUKUSHIMA」の放射性物質は太平洋を越え、既にアメリカにまで到達し、彼の地の庶民にも迷惑をかけているワケです。失業率は上がるわ、日本から放射性物質が飛んでくるわじゃ、アメリカ庶民もたまりません。いわんや中国をや。


Fri.2011.06.10
ガンダーセン氏はホットパーティクルを警告している | カレイドスコープ


でわっ!