2009年9月10日木曜日

西郷南洲翁遺訓

オルタさん トコのトラバから阿修羅にリンクしてて、
ナカナカ興味深い記事があったので・・・


「虫よ 虫よ いつふし草の根を断つな 断たばおのれも 共に枯れなん」 ~郵政民営化の正体~


という記事ナンですが、お終いの方の「西郷南洲翁遺訓」
含蓄のあるお言葉があったので転載します。
あ、上の記事も時間があるとき、是非目を通してみて下さい。
(なにせ長いので・・・)


<転載>

「西郷南洲翁遺訓」


第四ヶ条

国民の上に立つ者(政治、行政の責任者)は、己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め、節倹を勉め、仕事に励んで一般国民の手本となり、一般国民がその勤労を気の毒に思うほどでなければ、政令はうまく行われるはずがない。

ところが今、維新創業の初めというのに、立派な家を建て、立派な服を着て、美しい妾を抱え、自分の財産を増やすことばかり考えるならば、維新の功業が全うされることなどないだろう。

今となっては、戊辰(明治維新)の正義の戦いも、偏えに私腹を肥す有り様に成り果て、国に対し、また戦死者に対して面目無いとして、頻りに涙を流された。



第十ヶ条

人智を開発するとは、愛国の心、忠孝の心を持つことである。

国に尽し、家の為に働くという、人としての道理が明らかならば、百般の事業は当然進歩するだろう。

或いは耳で聞いたり、目で見たりする分野を開発しようと、電信を架け、鉄道を敷き、蒸気仕掛の機械を造立し、人の目や耳を聳動しても、何故、電信、鉄道が無くては叶わないか、欠くことの出来ないものであるかということに目を注がないで、猥に外国の盛大さを羨み、利害得失を論じないで、家屋の構造から玩弄物に至る迄、一々外国を仰いで真似、身分不相応に贅沢をし、財産を浪費するならば、国力は疲弊し、人心は浮薄に流され、結局日本は破綻するより他なくなるだろう。



第十三ヶ条

租税を薄くして、一般国民を裕福にすることは、即ち国力を養成することになる。

故に国の事業が多く、財政の不足で苦しむようなことがあっても、租税の定制を確守し、政府や上層の人たちが損をしても、下層の人たちを苦しめてはならない。能く古今の事跡を見よ。

道理の明らかでない世にあって、財源の不足で苦しむときは、決まって曲知小慧の俗吏を用い、巧みに税を取り立て、その場しのぎの政策をして、それを財政に長けた良臣である、と評価しがちである。

(しかし、そういう俗吏は、)手段を選ばず、苛酷に国民から税金を取り立てる為、人民は苦悩に堪え兼ねて、税の不当な取り立てから逃れようと、当然嘘偽りを言うようになり、上層の人たちと下層の人たちは互いに欺くようになり、役人と一般国民は敵対することになり、終いには、国が荒み、分崩離拆に至ると決まっている。



第十七ヶ条

正しい道を踏み、国の為に、倒れてもやるという精神が無ければ、外交は全う出来ない。

外国の強大さに畏縮し、円滑を主として、自国の意思を曲げて、外国の意のままに従順する時は、軽侮を招き、好かれよう親しくしようとするつもりが却って破れ、終いには外国の制圧を受けることになるだろう。



第三十五ヶ条

人を籠絡して、陰で謀り事をする者は、もしその策を成し得たとしても、物事をよく見抜く人がこれを見れば、醜さがすぐにわかる。人と接するには公平至誠を以てせよ。

公平でなければ、英雄の心を掴むことは出来ないものだ。



第三十七ヶ条

未来永劫までも、信じて心から従う事が出来るのは、ただ一つの真心だけである。

真心なくして、世の中の人から誉められるのは偶然の幸運に過ぎない。

真心が深ければ、例え当時知る人が無くても、後の世に必ず心の友が出来るものである。

</転載>


ワタシなりに「第十七ヶ条」 の、 「正しい道を踏み」
とゆうのを解釈するならばね?


おなじ人間なら分かるだろう?


というコトになるんですが、
ドウデショウカ?OK?西郷さん?


でわっ!