2013年5月3日金曜日

歴史の皮肉

  
 つい最近、銀行預金の強制没収で世界中を驚かせたキプロスですが、ワタシを含めほとんどの日本人はキプロスが置かれている現状をよく知らないワケです。そもそもキプロスはひとつの島国なのに、北と南に分断されているって知ってました?

 もっとも「北キプロス」は国際的な承認を受けていないので、メディア報道などでその名を耳にすることも無いワケですが、そうしたキプロスの国内事情を知れば、先日の「銀行統合騒ぎ」に至るまでの南キプロスの政情の推移や、キプロスに「NATO軍」が駐留している理由も理解できます。

 キプロスの歴史を振り返ると、もともとはオスマントルコの領土(さらに遡ればギリシャ)であったキプロス島でしたが、ロシアの南下政策に備えてイギリスと軍事同盟を結んだトルコは、同盟の見返りとしてキプロス島の租借をイギリスに認めました。

 イギリスとオスマントルコの軍事同盟が結ばれた1878年、当時のエジプトはムハンマド・アリー朝がオスマントルコからの一応の独立を成し遂げていましたが、ヨーロッパの列強国はエジプトの独立を認めませんでした。

 そのような情勢下でもエジプトの近代化を目指すムハンマド・アリー朝は、フランスと共同でスエズ運河を1869年11月に開通させますが、建設と維持に伴う対外債務が膨らみ、1875年にエジプトが持つスエズ運河会社の株を売却する決断をします。そしてこの株に飛び付いたのが、皮肉にも運河の建設当初から横槍を入れていたイギリスであり、44%もの株を購入して筆頭株主になります。

 で、イギリスが株購入資金を調達した先が「ロスチャイルド家」になるワケですが、ま、それはアレとして、イギリスがスエズ運河の利権を手に入れたいと思っていたのは確かであり、その後何かとエジプトへの介入を始め、介入の為の拠点として、キプロス島の租借をオスマントルコに申し出た・・・と、なるワケです。

 1882年にエジプトで反英運動(ウラービー革命)が起こるとイギリスはこれを武力鎮圧し、以後、エジプト(ムハンマド・アリー朝)はイギリスの保護国の立場に置かれます。

 第一次世界大戦が終結すると、キプロス島は敗戦国側陣営にあったオスマントルコの手を離れ、1925年にイギリスの直轄植民地となり、エジプトも再度の反英運動(1919年エジプト革命)を経て、1922年にエジプト王国として独立しますが、保護国の立場からは脱却したものの、依然、イギリスの支配下に置かれます。

 話をキプロス島に戻すと、イギリスがキプロス島をオスマントルコから租借する条件として、同島に暮らすトルコ系住民(イスラム教徒)の保護が条件としてあり、キプロス島がイギリスの植民地となるとこの条件を逆手に取り、少数派のトルコ系住民を優遇することで多数派のギリシャ系住民との対立を煽り、その結果、従来は混在していた住民に、北部(トルコ系)と南部(ギリシャ系)という棲み分けが生じます。

 このような状態のまま、1960年に「キプロス共和国」としてイギリスから独立しますが、第一次大戦後から、オスマントルコに割譲された領土の奪回を目指していたギリシャと、キプロス国内のギリシャ併合派が呼応し、1963年に「憲法」を改定してキプロスのギリシャ帰属への準備をしますが、これにトルコ系住民が反発して「内乱」が勃発します。

 翌年、1964年に国連軍が派遣され内戦は収束しますが、キプロス国内は「トルコ系」、「ギリシャ系右派」、「ギリシャ系左派」に分断され、この状態が10年続いた1974年に、ギリシャ軍部の支援を受けた「ギリシャ系右派」がクーデターを起こします。

 このクーデターは、「ギリシャ系左派」であったマカリオス大統領がソ連(当時)と接近するのを快く思わないアメリカが、同氏を排除するために「お墨付き」を与えたという見方もあり、クーデター部隊はマカリオス大統領の暗殺を目論見ますがこれに失敗します。

 トルコは、トルコ系住民の保護のためにキプロスに軍隊を派兵して瞬く間に北部を制圧し、この事態にギリシャは、トルコ本土への侵攻を国民に呼びかけますが、ナンと!腐敗しきっていた当時の軍事政権下における武器(軍備)の横流しが発覚し、ギリシャの軍事政権はあっけなく自滅、民主政権にとって代わられます。

 で、1974年のクーデター以降キプロス島は、北部=北キプロス・トルコ共和国(国連未承認)と、南部=キプロス共和国に分断されたまま現在に至るワケですが、財政破綻を引き起こし、「銀行預金没収」という暴挙に出たのは南部のキプロス共和国です。

 2004年にキプロスの統一を図る国民投票が実施されましたが、投票に掛けられた調停案トルコ系住民に有利であったために、ギリシャ系住民の78・5%が反対して調停案は否決され、南キプロス=キプロス共和国のみが、その後EU(欧州連合)に加盟することになります。


 観光資源、良港に恵まれているのは北部の方なのですが、南部はそうした「実経済」に頼らない金融立国を目指し、タックスヘブンとしての存在を見出すワケですが、一時期南部は「虚経済」によって栄えたものの、その後の顛末は皆さん既にご存知のとおりであり、ごうしたキプロスの概略史を見ると・・・


諸悪の根源はイギリスじゃね?


・・・と、思えてなりません。

 キプロスの全住民が「基本的人権」に目覚め、昔のように一緒に暮らすことができるようになればと思うのですが、イギリスやアメリカが簡単には引き下がらないのは明らかです。なにしろキプロスは現在内戦中のシリアの目と鼻の先であり、シリア攻略のためには絶対に必要な前線基地なのですから。


 そう思うと、戦争遂行のためにイイように利用されているキプロスの全住民が哀れでもあり、イギリスやアメリカを含むシリア内戦に加担している連中に憤りを覚える次第です。はい。


参照サイト:「非公認の国々」





人間ナメんなよ!


でわっ!