2013年2月3日日曜日

製造業から創造業へ

   
 武田センセが仰るまでも無く製造業の海外移転が著しいワケですが、お話の中で引き合いに出てきた本田宗一郎氏について思うところを述べてみたいと思います。


本田宗一郎




 その前に、同じくお話の中に出てきたアップルの創設者、スティーブ・ジョブス氏ですが、彼は何を為したのでしょうか?アップルコンピューター、i - Pad、i - Phone、と、ハードウェアを生産したのは勿論ですが、それらの道具によって消費者が得られたものは何か?

 それらの道具を通しての新たなる創造活動、および生活スタイルの変革であり、とどのつまりは・・・


文化を創造した


・・・と、言えるワケです。おそらくスティーブ・ジョブス氏が新製品を考案する際には、常に新製品が社会及ぼす影響・・・即ち、「文化的価値」までをも製品の「ヴィジョン」として想い描いていたことでしょう。

 それだけズバ抜けた「創造力」を持ち合せている人間がそうザラにいるワケもなく、「エヴァンジェリスト」と呼ばれるアップルの熱烈な支持者たちは、製品の魅力のみならずその「文化」の支持者であり、創造主S・ジョブス氏の「カリスマ性」に心酔していたワケです。





 そうなると、創造主を失ってしまったアップルに未来はあるのか?・・・となるワケですが、アップルの株価の下落はそうした周囲の反応の表れかも知れません。

 で、S・ジョブス氏と双璧を為す・・・というかだいぶ先輩になるワケですが、日本にも本田宗一郎氏という「創造者」が存在します。

 車が好きで、いち整備工からそのキャリアをスタートさせた本田宗一郎氏が、やがてオートバイの製造へと飛躍するのは、確か、奥さんの買い物を少しでも楽にしてあげようと、自転車に取り付ける原動機を開発するのが切欠だったと記憶しています。

 人間は道具を使う生き物であり、道具無しでは何も出来ません。バスに乗り、電車に乗り、飛行機に乗り、コンピュータを使い、スマートフォンで情報を手に入れ、冷蔵庫で食べ物を保管する・・・etc。

 本田宗一郎氏の頭の中にも、そうした道具と人間が織り成す「文化の姿」が、明確なヴィジョンとして描けていたとワタシには思えるワケです。それは「夢」と呼ばれるものかも知れませんが、その夢を追い続けた軌跡が数々の製品として「結実」したのだと。

 創造の原点・・・それは社会を豊かにすることだと思うワケです。言葉を代えれば「公共の福祉」に貢献する事とも言え、最初に奥さんのために原動機を開発したのは、少しでも買出しの苦労を軽くしてあげたいという思いやりであり、その思いやりが社会全般に広がり「本田技研」へと発展するワケですよ。

 ナンカ、「本田」の廻し者か?・・・とも思われそうな持ち上げっぷりで、ワタシ自身書いてて気後れする面もあるのですが、少なくともワタシがそうした「思いやり」がウソではないだろうと思える理由のひとつに、


いまだにカブを製造している


・・・という点が挙げられます。もうね?初期型の生産開始から半世紀生産が続いているワケですよ。


ホンダ・カブ


リトルカブ(2007年モデル・PGM-FI仕様)


 もはやベトナムでは・・・というか、東南アジアでは生活の一部として定着しており、生活の一部であるということは、「文化」の中に受け入れられていると言えます。

 つまり、本田宗一郎氏の最初のヴィジョン=「オートバイのある生活」の考え方が正しかったから・・・普遍的であったから、ここまで「カブ」が普及したと考えられます。

 ここで言いたいのは、製造力(生産力)があったから「カブ」が普及したワケではなく、確かな創造力(文化力)が受け入れられた結果、ここまで「カブ」が普及したということです。

 「本田技研」が自覚してそうしているのかは定かではありませんが、「モノ造りの原点」=「公共の福祉」という本田宗一郎氏の初心を忘れないために「カブ」を生産し続けているのだとしたら、


HONDA恐るべし!


・・・ということで、アップルにしてもS・ジョブス氏の精神=創造力を受け継ぐ者が現れない限り、未来に明るい展望は開けないのではなかろうか?と。

 で、話をまとめると、製造力だけが日本の取り柄ではないということです。単純な製造業であれば、いずれコストの安い海外に移転していくのは必定。そこで重要になるのが技術力になるワケです。

 技術力は、一朝一夕で身に付くものではないのです。経験を積み重ねた「職人技」が日本にはまだ多く残されていますが、そうした技術力(職人技)を失わないために、日本における「モノ造り」の重要性を何度も繰り返し述べてきたワケですし、そうした技術力を活かすのが創造力になるワケです。 

 技術力と創造力の両輪が揃って、「カブ」のような普遍的な製品が誕生すると思うワケですが、現在の日本の産業界はどう考えているんですかね?創造力がインスパイアされ、また、それに応えられるだけの技術力を維持しようとしているのか?逆に、技術力を活かす創造力=ヴィジョンを持ちうる創造者(本田宗一郎氏やS・ジョブス氏)の育成をしているのか?

 技術力を保持するための製造業の国内温存は、経済性を度外視してでもある程度必要だと思う次第ですが、単純な製造工程が海外に移転してしまうのは覚悟しなければなりません。そして重要なのは、技術力を活かせる創造業にシフトして行くことでしょう。

 最近、「個人メーカー」なるものがボチボチ立ち上がっているようで、ワタシとしてはとてもイイ傾向だと思っています。彼らの中から第2、第3の本田宗一郎、S・ジョブスが現れることを願って止みません。

 付け加えるなら、そうした創造者、創造業育成の下地作りという文脈の中に、「ベーシック・インカム」の導入も考えられるワケです。はい。

 況や、生活保護費の削減などは、生活保護を受給している家庭の子供にも不自由を強いるものであり、日本の将来(政治家の将来ではない!)を思えば、どこに天才が潜んでいるかも知れない子供たちの可能性を狭めてしまう・・・


愚策!


・・・としか言い様がありませんなw。





 もひとつ付け加えるなら、私利私欲のために原子力発電を推進しようとしているすべての関係者に向かって・・・


恥を知れ!


・・・と、言いたいくらいです。





人間ナメんなよ!


でわっ!